第409話(5-47)それぞれの切り札
409
「ベック。平等って単語の意味を、辞書で引け」
クロードはベックに向かって踏み込み、二刀で切りつけた。
しかし、ベックは薄ら笑いを浮かべて指を鳴らす。二人の狭間を無数の氷槍が埋め尽くし――。
雷と炎は氷によって相殺され、耳障りな高音を響かせる。
「平等? 新世界の指導者たる私に、誰もが等しく
「ベック。それは、カビが生えた古臭い独裁だ」
クロードの投げかけた指摘が、余程に耳障りだったのか?
ベックはポーカーフェイスこそ崩さなかったものの、雹の翼を使って無数の氷矢を放ち、巨大な氷壁を生み出して叩きつけてきた。
(一定領域が支配されている。ベータが使っていた神器に似ているね。ひょつとしたら、あいつが使っていたものは、
皮肉なことに、ベータには家族を守るという確固たる信念と愛情があり、完成型を手にしたベックにはそれがない。
ファヴニルが与えたストレンジ・ニーズヘッグという力だけが強大で、使い手自身は何もかもが薄っぺらなのだ。
隻眼隻腕の傭兵、ドゥーエは同志の変わり果てた姿を見ていられなかったのだろう。
彼は黒鉄の義手で矢を断ち、足と鋼糸で壁を蹴り破り、日本刀で雪を振り払いながら、
「ベック。オレは〝赤い
ドゥーエの非難は、勇猛果敢な戦いぶりとは対照的に淡々としていた。
それは彼なりの、ベックに対する最後の友情だったのかも知れない。
「ええ、俗人どもは扱えなかったようですね。だが、私は違う!」
けれど驕り高ぶった忘恩の輩には、かつての同志の誠実さなど届くはずもなかった。
「だから、お前は仲間が遺した砦を邪竜に捧げて、世界を滅ぼす力を恵んでもらったのか? お前は、世界を滅びから守ろうとする、赤い
ドゥーエが鋼糸を首に巻きつけるも、ベックは首を落とされる寸前、氷漬けにして逃れた。
「やれやれ、なんて視野の狭い。これだから傭兵は政治がわからないのです」
ベックは吐き捨てるように鼻で笑う。
指を鳴らして鋳造魔術を発動させ、一〇〇にも及ぶ氷の
しかし、間一髪、クロードが駆けつける。
打刀と脇差しから放つ炎と雷が螺旋を描いて、弓を爆散させた。
「いいや、ベック。ユーツ領のバッツさんの時もそうだったろう。
どれほど綺麗な理想を語ろうと、当人にそれを叶える志がないのなら、どこまで行っても嘘偽りのままだ。
「それは違う。私もかつては人間だった。失敗もしたし、犠牲となった者もいたでしょう」
クロードの弾劾と攻撃が生み出す爆発的な熱量に、ベックは顔をしかめた。
稀代の詐欺師は、大会場で指揮棒でもふるかのように、大仰な身振り手振りで鋳造魔術を重ねながら、ペラペラと舌を回す。
「しかし、数多の命をチップに、賭けのテーブルについたのです。私が諦めてしまっては、犠牲となった命が報われない」
クロードとドゥーエは、あまりの白々しさに呆れ果てた。
「……最初から、犠牲者の願いを叶えるつもりなんて無かったくせに」
「もう、やめろ。お前はどれだけ死者を
ベックは、舌を回し続ける。
彼は最初から会話を望んでいるわけではなく、騙すことだけを目的としている。
「どれほどの障害に邪魔されようと、どれほどの犠牲を払おうと、私は歩み続けます。
人は思いを伝えることが出来る。
夢を語り、託すこともできる。
しかし同時に、ありもしない虚言を弄し、でたらめを吹き込むことも出来るのだ。
「ベック。お前は一歩も前に進んじゃいない」
「お前がもしも本気で革命を望んでいたのなら、力を貸しても良かった。だが、嘘八百を重ねる醜態、もはや見るに耐えん」
クロードとドゥーエが哀れむのを、ベックはおかしそうに笑った。
「それで? 貴方たちに何ができるというのです?」
クロード達と小競り合いに興じている間に、エカルド・ベックは氷雪の城塞を創りあげていた。
見上げるほどに高い壁に、天を衝く塔。無数の
「わかりませんか? 切り札は使いどころを誤ってはならない。今、私は遂に役を完成させた」
「そうか。僕もようやく準備が整ったようだ」
けたたましい爆音が轟き、雪の壁にひびが入る。
塔が崩れ兵器が押しつぶされて、雪と散る。
「は?」
ベックの瞳が、大きく開かれた。
空を舞うのは飛行自転車の編隊。
街道に並ぶのはレ式加農魔砲の大隊。
「お前は、僕を何だと思っているんだ? 僕の切り札は、刀でも銃でも無い。頼れるレーベンヒェルム領の仲間たちだ」
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