第410話(5-48)奪還

410


 時はすでに黄昏を過ぎて、薄い夜闇に星空が瞬いている。

 ベックが氷雪の城塞を築き上げていた間、クロード達も無策で小競り合いを続けていたわけではない。


「ハサネ所長、国主様と生存者の退避が終了しました」

「よろしい。我々はエリック隊と協力し、陣地構築と援軍誘導に当たります」

「盾と資材を並べろ。魔術師隊は結界を張れ。大砲の置き場を作るのが、俺たちの役目だ」

「はい!」


 クロードとドゥーエがベックの戦意と攻撃を引きつけている間に、ハサネは軽傷者を指揮して負傷者を戦場から離脱させ、エリックもまた簡易陣地を作りあげていた。


「キジー。あの程度の奴には、セイお嬢ちゃんが出るまでもないってこと、教えてやろうぜ」

「ええ、サムエルさん。実は出番があるんじゃないかと薄々思ってましたよ」


 サムエルとキジーが、領都から飛行自転車隊と砲兵隊を率いてかけつけ、ヴィゴとイェスタも警官隊と共に後詰に入っている。

 レーベンヒェルム領の力を結集させた爆撃と砲撃が、氷細工の一夜城をひしゃげさせ、ガラスを割るように粉砕する。


「く、ストレンジ・ニーズヘッグよ。あの者どもを食らい尽くしなさい」

「もう見切った。鋳造――はたき」


 エカルド・ベックは、氷雪の城塞から再び命を奪う吹雪を生み出すも、クロードが上空にはたきを展開して押しとどめる。


「……ま、まだだっ。私の城塞は完全無欠っ」


 ベックは、城塞に設置した大型弓などの遠距離兵装で迎撃しようと試みたものの……。


「クロオド、加勢するゾ!」

「バウッ、ワウッ!」


 川獺カワウソのテルと、白銀の犬ガルムが負傷を押して暴れ回り、魔術仕掛けの防衛機構を次々と噛み砕いた。


「フフ、フフフ。これもショーを盛り上げるための脚本です。こんなこともあろうかと、後ろの森にあらかじめゴーレムを伏せている。さあ、決着ショーダウンと行きましょうか!」


 ベックも追い詰められているのか、わずかに顔を曇らせたものの、自身を励ますように大仰に手を振った。


「さあ起き上がれゴーレム達。私の革命は永遠に終わらない!」

「こいつっ、どれだけ手札を隠しているんだっ」


 クロードは、両手の刀で城壁を破壊しながら、更なる攻撃を予測して生唾を飲み込んだ。

 が、特に何事も起こらなかった。


「あれ?」

「何だ? どういうことだ? いったい何が起こっている? 私の仕込みは完璧だったはずだぁ!」

「ベック。森のゴーレムなら、オレが壊した」


 ドゥーエは日本刀で斬り込みながら、狼狽するかつての同志に粛々と告げた。

 どうやら彼の戦場到着が遅れたのは、ベックが仕込んだ伏兵を撃破していたからのようだ。


「今、森に潜んでいるのは、お転婆な娘っ子だけだ」

「……通信貝から聞こえているよ、ニセモノ野郎。お前からぶっ殺すぞ」


 薄い闇に、マズルフラッシュの光が焚かれる。

 桃色がかった金髪の少女ミズキが、何十挺ものマスケット銃を自在に操って、ベックの城塞へ弾丸の雨を叩き込んだ。


「ソーン領で、ドリスちゃんが作った特製の弾頭さ。とくと味わいな」


 元ソーン領レジスタンス代表アマンダ・ヴェンナシュの娘であり、領軍参謀アーロンの孫であるドリスは、飛行自転車の一件でレアの薫陶を受けた後、魔道鍛治として成長を遂げていた。

 彼女が友人と頼むミズキに託した弾丸は、氷雪の城塞の壁や塔を、まるで薄紙を裂くようにぶち抜いた。


「あたしは、レアさんに借りがあるからね。取っておきを使うよ。受けてみな!」


 ミズキは複数の銃弾を乱れ撃ちながらも、冷静に狙撃を決めた。

 崩れ落ちる城壁の僅かな隙間を縫って、一発の弾丸をベックの胸元に命中させたのだ。


「ふっ。たかが銃弾ひとつ、氷漬けにすれば良いだけのこと。ひ、ぎ、きやああああっ!?」


 ベックの身体が歪み、捻れる。 

 ミズキが撃ち込んだ〝取っておき〟こそは、クロードが過去に少数生産して配備した、対神器用特殊弾頭、〝空間破砕弾〟だ。


「僕の暗殺未遂事件の時に使い切った、なんて言っていた癖に。ちゃっかり隠し持っていたじゃないか……」

「うへえ。世界が変わっても、嫁と性格がそっくりだ……」


 空間破砕の刃は、ベックを仕留めることこそ叶わなかったものの深い傷を与えて、周囲の防衛設備をズタズタに吹き飛ばしていた。

 もはや、裸の王様を守る盾はどこにもない。クロードとドゥーエは、城主の首を獲るために最後の突撃を開始した。


「畜生め。ドゥーエっ。いや、ロジオン。お前さえ来なければ、私は辺境伯を討っていたのだ。なぜ私の革命を邪魔した? どんな理由があって、誰の為に、私の正義を阻むのだ?」

「あん? ちょっと前、船で乗り合わせた連中に感謝されてな。普通に生きている誰か・・の為に戦うのも悪くない。そう思っただけさ」


 ドゥーエの返答は、耳触りのいいお題目を掲げて、己が私欲の為に他人だれかを踏みにじり続けた詐欺師への、最大級の皮肉だったのかも知れない。


「ムラマサ。キョーダイ、終わらせるぞ!」


 ドゥーエは、いまだ抵抗を図るベックの両腕を一刀のもとに切り飛ばした。


「あぎぎっ、ま、まだだ。終わらない。終わらせるものか! ファヴニル様、どうかお力をください。新しい世を開く融合体として、何もかもなぎ払う力を!」


 ベックの祈りに応えて、彼の姿が変貌する。

 雹の翼が広がって、崩壊する氷雪の城塞を取り込み、一体の怪物へと姿を変えた。

 目と耳を塞ぎつづけた証だろうか、ベックは獣のような壺のような奇怪な装置を抱く、顔の無い巨大なドラゴンとなった。

 怪物となったベックは、ただ一つ残された割れ目のような赤い口を広げて、クロードを一呑みにしようとした。


「革命を認めない人間も、世界も要らない。我こそは万象を食らう竜。すべて、私の糧となれぇぇぇっ」

「やかましいっ」


 クロードは左手に握った脇差しから、炎の間欠泉を作り出して、ドラゴンを杭打ちにする。


「いい加減にっ」


 クロードは右手で掴んだ打刀から、雷光を迸らせてドラゴンを寸断し――。

 最後に二刀を星空に還して愛刀、八丁念仏団子刺しを創りあげ、両手で大上段に振り上げた。


「レアを返せえっ!」


 そうして、自身の身長の何倍もある仇の長く太い腹を、虹色の軌跡を描きながら両断した。


「あぎやあああああっ、ごんな、ごんなあああっ」


 ベックは、悲鳴をあげながらのたうちまわった。

 挑みかかる兵士達を防御魔法ごと吹き飛ばし、街路樹や簡易陣地を破壊して、どれだけ苦痛に喘いだか、遂には変身が解けた。

 人間体に戻った彼の身体は両断され、湯気の立つ内臓がぶちまけられていた。


「……聞こえる。ここだっ」


 クロードは誤ることなく、一枚・・の貝の髪飾りを掴み取った。


『クロード、さまっ』


 その時、彼は愛おしい少女の声を確かに聞いた。

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