第442話(5ー80)商業都市ティノー再び

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 クロードは、ネオジェネシスの兵站を担うエングホルム領を解放すべく、艦隊を率いて港町ビズヒルに上陸。

 新たなる顔なし竜ニーズヘッグ三機を撃破し、複数の砦と塹壕網ざんごうもうが組み合わさった〝無敵要塞線〟の突破に成功した。

 大同盟は、周辺町村を制圧しつつ北上。芽吹の月(一月)二〇日には、重要拠点のひとつである商業都市ティノーへと兵を進めたのだが……。

 クロード達は、そこで予想もしなかった大歓迎を受けた。


「辺境伯様万歳! マラヤディヴァ国に栄光あれ! ようこそ我らが救い主!」


 クロードが馬に乗って到着するや、都市を閉ざしていた門はあっさりと開かれた。

 群衆は美しい花束を持って入口に集い、楽隊が華やかな音楽を演奏する。

 喜びにわいているのは人間の領民だけに留まらず、ネオジェネシスらしい白髪白眼の美男美女も多く混ざっていた。


「あ、あれ? どうなってるの?」

御主人クロードさま、お待ちください」


 クロードはあまりの歓迎ぶりに驚き、彼の肩に乗ったレアが行軍をひとまず止めた。

 一年前、緋色革命軍マラヤ・エカルラートが支配していた頃のように、拷問や略奪、人身売買が横行する惨状ならば、民衆の反応ももっともかも知れない。

 しかし、クロード達を歓迎する都市には活気が戻り、そこまでの懸念は感じられない。


「ソフィ。外から見る限り、商業都市ティノーは復興してるよね?」

「うん。まだあちこち壊れてるけど、みんなちゃんとした服を着てるし、顔色も良くなってるみたい」


 クロードとソフィは、不思議そうに顔を見合わせた。

 

辺境伯クロード様。オレが知る限り、ブロル・ハリアンは、腐敗した貴族階級や、悪虐を尽くした緋色革命軍の指導層こそ処断したものの、民衆に対する態度は比較的穏健だったはずでゲス」

「街ン中の連中も仲良さそうだシ、……人食いが横行してルって感じでもネエよナ」

「バウワウっ」


 ドゥーエも馬上で首をかしげ、川獺のテルと銀犬ガルムも困惑する。

 契約神器であり、動物のアバターをまとった彼らは耳が良く、街中の声を聞き分けることができた。


「あれが辺境伯様か。あの悪魔ダヴィッドを一騎打ちで倒した英傑だとか!」

「ルクレ領、ソーン領の侯爵令嬢と、国主様も救出なされたそうよ」

「生前、交友のあったエングホルム侯爵御夫妻も泉下で喜んでいるに違いない」


 クロードは、エングホルム領に惨禍をもたらした緋色革命軍を打ち倒し、彼らの同胞を保護したヒーローである。

 町民達に歓迎されるのは、わからなくもない。


「さすがは御父様の恩人。あのハインツを追い出してくださったっそうよ」

「ベータ兄様が見込んだ方だもの、見事な男ぶりね」

「共通記憶に残るといっても、実際にこの目で見れるなんてラッキーだわ」


 しかし、白髪白眼のネオジェネシス達までもが、目をキラキラと輝かせて来訪を喜んでいるのだ。

 テルがガルムの分まで街の声を伝えると、イヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長も頭を抱えた。


「辺境伯様は、今や大同盟の中心人物です。街を丸ごと動員した罠ではないでしょうか?」

「この歓迎ぶりでやらせかあ。この街出身の部下達からも話を聞いたが、見た顔も多いって話だぞ。無理があるぞ?」

「こうやってウダウダしても仕方ないでしょう。まず先遣隊を入れて安全を確保するのはどうかな」

「それなら、アタシが中を見てこようか?」


 ミズキが偵察役を買って出ようとした時、門前に集まった群衆が真っ二つに割れた。


「クローディス・レーベンヒェルム辺境伯様。ようこそお越しになられました」


 侍めいたチョンマゲを結ったネオジェネシス一人、開かれた道の中心から進み出てくる。

 クロードは先の戦いで、その特徴的な髪型を覚えていた。


「貴方は、エコー隊長か?」

「辺境伯様。先日は、我らをお救いいただきありがとうございました。父たる創造者より預かる権限を持って、商業都市ティノーは〝貴方〟と大同盟に降伏いたします」


 クロードは、エコーの降伏を受け入れることにした。とはいえ、退けない線引きもあった。


「エコー隊長。二つ、条件がある。ひとつは、人食いの禁止だ。人間とネオジェネシス、お互いの為にも絶対に守ってもらいたい。将来的には、そういった施術を受けて貰うかも知れない」

それがしと、某の部下については遵守します。しかし、某はネオジェネシスという組織を束ねる者ではありません」

「わかった。今はそれで構わない」


 結局のところ、ブロル・ハリアンを説得するしかないのだろう。でなければ、生存戦争に陥って最後の一人まで殺しあう羽目になりかねない。


「もうひとつの条件は何でしょうか?」

「一年前、僕の為にベナクレー丘で散った仲間達の遺骨を集めるのに協力して欲しい……」

「彼の勇者達ならば、すでに神殿に墓と慰霊碑が建てられています。どうかお参りください。きっと亡き魂も安らぐことでしょう」


 クロードは、エコーの返答に重い息を吐いて目頭を抑えた。

 ソフィが、そっと彼の背に寄り添ってくれる。


(みんな、僕は、僕達は帰ってきたぞ)


 クロードとエコーは文書を作成、軽い儀式と署名をもって、商業都市ティノーの降伏を成立させた。

 これは、蘇るが故に死ぬまで戦う――ネオジェネシスとの戦争において――歴史的な転換点となるだろう。

 けれど、クロードは楽観するわけにはいかなかった。なぜなら、まだ一歩を踏み出したばかりだからだ。


「エコー隊長、詳しい話を聞かせて欲しい。わざわざ〝僕〟に降伏すると強調したあたり、何かあるんだろう?」

「さすがは、父が見出した方だ。御賢察の通りです。今、ネオジェネシスが抱えている問題を解決するために、貴方のお力が必要なのです」

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