第124話(2-78)恋慕

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「わ、わたしが勝っていた? きっと買いかぶりだよ。アリスちゃんや、セイちゃんの方が、ずっとクロードくんと仲が良いじゃない?」


 アリスとセイの予期せぬ言葉に、ソフィは赤いおかっぱ髪の下の黒い瞳を大きく見開いたが、受け入れることは出来なかった。


「むふふ。羨ましいたぬ? クロードの膝と頭の上はたぬの指定席たぬ。こればっかりは、ゆずってあげないたぬ♪」


 アリスは、椅子から降りると、手乗りサイズのぬいぐるみじみた獣姿に変じて、ソフィの肩へと飛び乗った。


「ふむ、自分で言うのもなんだが、棟梁殿との相性には自信がある。反応も楽しいからからかいがいもあるし」


 セイは、椅子に腰かけたまま、ひとつにくくった薄墨色の髪をかきあげて、背筋を伸ばして胸を張った。


「でしょう? わたしは、二人よりちょっとだけクロードくんと過ごした時間が長いけど、甘い空気になったことなんてほとんど無いんだよ。わたしが一方的に好きになっちゃっただけで……」


 ソフィはアリスの首筋をこちょこちょと撫でた後、てきぱきと茶器を用意して、ティーポットに湧かした湯を注いだ。


「それは、クロードが、ソフィちゃんを傷つけた悪党を演じていたからたぬ」


 アリスは、ソフィの仕草にふわんと表情を緩めて宙を舞い、金色の髪と白い肌の少女の姿に変じて床に着地した。


「棟梁殿は、先代の罪をすべて己がものとして背負っていた。贖罪の意識であまり表には出せなかったようだが、棟梁殿が甘えたのは、誰だ? 己の死後を預けようとしたのは誰だ?」


 セイは、ソフィに告げた。彼女の声音は、ほんのわずか悔しそうだった。


「それは……」

 

 クロードが演じた役柄は、邪竜ファヴニルと西部連邦人民共和国に操られるがまま、レーベンヒェルム領を地獄と変えた悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルムだ。

 本物のクローディアスは、多くの少女たちを弄び、ソフィの瞳を奪い両の手を穿った。今も被害者の少女たちはクロードに憎悪と懐疑の視線を向けている。

 そう、好きだなんて言えるわけがないのだ。態度に出せるわけがない。

 にもかかわらず、彼は幾度かソフィの前で感情を発露させた。それはクロードなりの甘えであり、不器用な恋慕だった。

 

「クロードが最初に好きになったのは、きっとソフィちゃんたぬ」

「さっきもソフィ殿の時だけ照れていた。心を奪われた、と言っていただろう」


 ああ、と呻くように息を吐いて、ソフィは顔を両手でおおった。指の隙間から、止めどなく涙があふれて零れ落ちた。


「クロードも、ソフィちゃんも、早く知っているって伝えれば良かったぬ」

「そうもいかなかったのさ。棟梁殿は、一年をかけて領をここまで立て直した。今だからこそ、明かすことを決めたのだろう」


 クロードか、ソフィか、もしもどちらか早く事情を明かせば、致命的な混乱を招いた可能性がある、――そうセイはアリスに諭した。

 あるいは、もしも彼女達二人がこの世界に招かれなければ、違う未来があったかもしれない。人間に対する不信が厚かったアリスと、己が運命に納得して自死を選んだセイのことを、クロードは見過ごせなかったはずだ。

 けれど、そんな可能性、アリスにとってもセイにとっても、そしてソフィにとっても、諦める理由になんてならない。


「私やアリス殿は、天佑てんゆうや幸運を得て、ソフィ殿に追いついたというべきだろう。もっとも選ばれずとも、奪いとるつもりだったがね」

「ソフィちゃんと、セイちゃんには悪いけど、もしもの時は寝取る気満々だったぬ」


 悪びれもせずイイ笑顔で宣言するセイとアリスに、ソフィは泣きながら笑って、嘆きながら呆れて、やがてティーカップに紅茶を注いでそれぞれに手渡した。彼女は、何かを決めたかのように、ゆっくりと息を吸って、恋敵達を見つめて宣言する。


「アリスちゃん、セイちゃん。だったら、約束しない? 今後わたしたち四人の中で誰が選ばれたとしても、どんな形でも側にいることを認めるって」

「「!?」」


 タイミングを計られたか、お茶を一口啜ったアリスとセイは、予想もしなかったソフィの言葉にせき込みながら盛大にむせた。


「ゴホっ。ま、待つたぬっ。そんなの、たぬっ?」

「ケホッ。し、勝算が無いぞ。棟梁殿は必ず、あっ」

「そうだよ。クロードくんは絶対に答えを出すの。正しくても、間違っても、あのファヴニルと戦うような不可能事だとしても、ちゃんと決めるんだ。その彼が”選べない”という答えを出した。だったらわたしたちが協力すれば、押し切れるでしょう?」


 揺るぎもしないソフィの視線に、アリスとセイは気圧されたかのように、カップの中で乱れるお茶の水面を見た。


「ソフィちゃん、むちゃくちゃなこと、言っているたぬ」

「私が以前にいた世界は戦国の世だった。ゆえに価値観は理解できる。だが、ソフィ殿。もしもその選択肢を採れば、全員に激痛がはしるぞ?」


 誰もが、独り占めをしたいのだ。

 仮に何らかの奇跡が起こって――クロードが複数人に増えたとしても、その全員を愛し愛されたいと願うだろうことを、セイもアリスも、ソフィも気づいていた。


「それでも、だよ。クロードくんは、今もちょっとずつ壊れてる。一年前は、もっと弱くて臆病だった。でも、命をかけなければ届かない決断と戦闘を何度も繰り返して、彼はずっとずっと強くて勇敢になった。人間だったら、誰でも持ってるはずの、当たり前の弱さを削ぎ落としながら」


 ソフィは、震える手でティーカップを口に運び、舌をしめらせて言葉を続けた。


「クロードくんは、このままじゃいつかきっと、竜殺しになって死ぬよ」


 セイは、奥歯を噛みしめて、無言でソフィの言葉を受け止めた。

 アリスは、いつの間にか日焼けした黒髪金瞳の美女の姿に変身していた。彼女は、目を閉じて、お茶を飲み干し、口を開いた。


「ソフィちゃん、セイちゃん。たぬは、マラヤ半島に行く前に、きっかけは忘れたけど、シグルズの伝説について調べたたぬ」

「確か、竜を殺した勇者シグルズと、烈火の如き慕情で心中上等の戦乙女ブリュンヒルデ、良人おっととの愛を邪魔する輩は絶対殺す令嬢グズルーンの、三角関係の怪談、いや恋物語だったか」


 一度はブリュンヒルデと結ばれたシグルズだが、謀略によって記憶を失いグズルーンと結ばれる。もつれあった三人の愛情と怨恨の糸は絡み合い、シグルズとブリュンヒルデの死、そして取り残されたグズルーンという結果に収束し、更なる悲劇と惨劇を巻き起こすという伝承だ。


「たぬ。シグルズにもいっぱい問題あるけど、あの話で幸福な結末は無理たぬ。ブリュンヒルデと、グズルーンには、衝突する以外におとしどころがないたぬ」

「ああ、そうだな。わが身になって実感できる。許せんよ、自分以外の女が愛しい男の心を得ようなどと。そして、見えていた破滅の運命は、予定調和のように結実する、と」


 クロードは、命を落とすだろう。

 他に勝利できる可能性が無いのなら、彼は自身すら掛金チップに使うことをためらわない。

 現に先の遠征で大切なひとを護るため、二本の腕すら平然と犠牲にしたのだから。


「だから、ソフィちゃん。たぬは約束するたぬ。たぬは、もっともっと強くなって、クロードを、そしてセイちゃんやソフィちゃんを護ってあげるたぬ。どうせやることは変わらないたぬ。クロードは、もうすぐたぬ色に染まってメロメロになるたぬ♪」

「なるほど、確かにそうか。棟梁殿と一番相性が良いのは私だ。家族が増えることを認めるのも、器量というものだろう。約束しよう。そして誓おう。私が私のまま変わらぬことを――。うつつはうつりゆくものだ。ならばこそ、変わらぬ思いこそが強いと信じるが故に」

「私も約束するよ。私は、クロードくんを愛してる。アリスちゃん、セイちゃんと共にあって見守り、生かし続ける」


 三人は手を差し出しあって、強く握りしめた。


「ところでソフィ殿、先ほど四人と言ったが、レア殿も頭数に数えているのか?」

「うん。だって、わかるでしょう? クロードくんがなにかの試練に向き合う時、彼女は必ず傍にいた。今だって、看護師の資格を持ってるのは自分だけだって、お世話を独り占めしてるし」

「あの言い分はインチキたぬ。ヒキョウセンバンたぬ。家族なら支え合うのが当たり前たぬ」


 顔をあげた、ソフィ、アリス、セイの瞳はぎらぎらと燃えていた。


「まずは、レーベンヒェルム領認定の看護師資格を取るところから」

「いいだろう。勝負開始だ」

「負けないたぬっ!」


 さて、残念なことに三人の勝負は、この後起こった二件の騒動によって水をさされ、引き分けとなった。

 ひとつは、クロードが高性能で奇怪な義手を得たこと。

 もうひとつは、ルクレ領とソーン領から、クロードに対し婚姻同盟の申し出があったことである。

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