第123話(2-77)こたえ

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 貴方が本物の辺境伯でないことを、知りながらも利用していた――。

 そう告白したアンセルは、クロードの前へと進み出て、両手と膝を絨毯じゅうたんにつけ、切りそろえられたトウモロコシ色の髪の下、緑色の瞳を伏せて、頭を深々と下げた。


「謝る必要なんてないさ。偽っていたのは僕の方だ。それに、アンセルは気づいているのじゃないかと、感じていた」


 クロードは、議長席に座ったまま動揺もなく、アンセルに顔を上げるよう促した。


「やっぱり、マラヤ半島出兵前の失言ですか?」

「”先代が推し進めた軍縮の結果、海兵も軍船も不足している”……だったっけ。巡洋艦と駆逐艦を廃艦にしたのは、他ならないクローディアス・レーベンヒェルムだ。冷静になって考えると、あの時聞いたアンセルの報告はつじつまが合わないからね」


 アンセルは、文武両面の役職兼務が多い上に、出征前の準備に追われて何日も徹夜が続いていた。致命的な失言は、過労ゆえのものだったろう。

 一方のクロードもクロードで、内戦を食い止めようと我を忘れて、他の事象に目を向ける余裕がなかった。結果、不用意な失言は露見しなかったのだ。


「リーダー。貴方は強かった。誰も勝てなかったファヴニルと、貴方だけが戦えた。崩壊したレーベンヒェルム領を立て直し、ぼくたちを導いてくれた。だから、貴方が影武者であることを知りながらも、甘えていたんです。邪竜ファヴニルを討つのは、そもそもぼくたちの役目で悲願です。どうか協力させてください」


 再び頭を下げたアンセルの隣に、黒髪黒眼の野趣あふれる青年エリックと、山吹色の長髪と灰色の瞳が麗しい気品ある少女が進み出た。


「クロード。俺も実は知っていた。ようやく礼を言えるよ。ソフィ姉を、俺たちを助けてくれてありがとう。ファヴニルと戦うのは俺の本願だ。連れて行ってくれ」

「あたしもエリックと同じ。それに、またパパと話せるようになったこと、感謝してる。協力するわ。嫌と言っても、一緒に行くわよ」


 更に朽葉色の髪をソフトモヒカンに整え、青錆色の目に伊達眼鏡をかけたヨアヒム参謀長と、イヌヴェ、サムエル、キジー、ロロンといった領軍の幹部たちが進み出て並ぶ。


「リーダーは命の恩人で、オレの主君です。オレの剣、貴方に預けます。ファヴニルを一緒に倒しましょう」

「悪徳貴族はとうに討たれていたのか。いいでしょう。セイ様が貴方に味方する限り、すべての敵を討ち果たして御覧にいれよう」

「ハッ。まさに軍閥の悪例じゃあないですかい? それでもここは居心地がいい。ちゃんと契約は護りますぜ。誰が相手であろうとね」

「やっと真実がわかりました。これで明日を目指せる。邪竜とだって戦ってみせる」

「一度は失った我が命、惜しくはない。この老体にはもったいない花道ですが、やってみせますとも」


 そして、燕尾服を着た御者ボーもまた列に参じた。


「領主様、私はかつて御者が苦痛だった。ですが、貴方様に仕えることが、いまは誇らしい」


 レア、ソフィ、アリス、セイは、クロードの傍らにたたずんでいた。それが、彼女たちの揺るがぬ意志を示していた。

 ローズマリー侯爵令嬢を除く最後のひとりであるハサネ・イスマイールが、大仰に一礼してクロードに尋ねた。


「私が仕えたのは最初から貴方です。勿論異論などありません。貴方ならば、必ずや我らを率いてマラヤディヴァ内戦に勝利することでしょう。しかし、邪竜ファヴニルはどうやって討ち果たします?」


 クロードは、鋭い公安情報部長の視線を正面から受けて応えた。


「やることは変わらない。領を富ませ、兵を強くする。古代遺跡には、もうひと振りの第三位級契約神器レギンが封じられていると記された石碑があった。彼の者を目覚めさせ、交渉してこちらに引き入れる」


 ハサネは、ほんのわずかな一瞬、辺境伯から目をそらした。彼を護ろうと集まった少女たちに視線を移して、再び視線を戻す。


「なるほど、しかし、もしレギンを発見できなかったら? あるいは――もしも、レギンとの契約に失敗したら? 我々はいい。しかし、領民ごと玉砕すると言うわけにはいかないでしょう」

「当然だ。それでは本末転倒だ。もしもレギンの協力を得られなかった場合――。その時は、部長、ニーダル・ゲレーゲンハイトに助力を頼む。だが、ここにいる皆は憶えておいて欲しい。これは最悪の、避けなければならない一手だ」


 クロードは、ハサネだけでなく、目の前に集まった仲間たちの顔を順に見つめた。


「一年前、オクセンシュルナ議員が協力を要請した時とは状況が違いすぎる。もしもニーダル・ゲレーゲンハイトの手を借りれば、それを理由に西部連邦人民共和国が押し入ってくるだろう。内戦で弱体化したマラヤディヴァ国は、邪竜ファヴニルという脅威を独力で払えなかった場合、彼らの圧力に屈してしまう可能性が高い」

「そこまで御承知なら、もはや躊躇うことはありません。共に参りましょう」


 ハサネ・イスマイールもまた参陣を決めて、ここにレーベンヒェルム領首脳部は、ファヴニルを打ち倒すべく意志統一された。


「これは、奴と、僕たちレーベンヒェルム領で生きる者との戦いだ。叶うならば、決着は僕たちの手でつけよう」

「「はいっ!!」」



 会議が終わり、閑散かんさんとした部屋には、クロードと、薄墨色の髪をひとつにまとめた将軍セイと、黒髪金瞳の大人モードになったアリス、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィだけが残っていた。


「皆、集まってくれてありがとう。……答えを言うよ」


 クロードは、セイの横顔を正視した。


「セイ、君と友達になってから、驚くことばかりだった。僕と目指すところは似ているのに、泉のように湧きだす英知と炎のような勇気で困難を乗り越えていく、君の凛々しさに心惹かれた」


 次に、クロードは、アリスの猫目を正面から覗きこんだ。


「アリス、君のことはずっと男の子だと思っていた。節穴のような目ですまない。でも、一緒に過ごした毎日は最高に楽しかった。相撲をとったり、鬼ごっこをしたり、昼寝をしたり。ああ、僕は君に何度も心を護ってもらっていたんだ」


 最後に、クロードはわずかに目を伏せて、ソフィに視線を送った。


「ソフィ、君には格好悪いところばかり見せた。ずっと、償わなければと思いこんでいた。本当は、いつも気丈に微笑む君の姿に心を奪われていた」


 そうして、クロードは崩れるように膝をついた。


「すまない。答えを出せなかった。……こんなどうしようもない僕を好きになってくれる女の子がいた。嬉しいんだ、嬉しいのに、わからない。僕は、セイが、アリスが、ソフィが好きだ。なのに、どうして答えを出せない? 本当は、僕はただ逃げ出したいだけで、その為に君たちを利用しているんじゃないかって思うと、震えが止まらない。僕は、甲斐性なしだ」


 両腕を失い、感極まったように震える少年の右肩に、セイは寄り添った。


「静寂に身を委ねて、虚無の中に消えようとした私に、生きる喜びを――恋を教えてくれたのは棟梁殿だ。めったなことは言うな」


 アリスもまた、クロードの左肩を豊かな胸で抱きしめた。


「たぬ達は、クロードのことが大好きたぬ。忘れないで欲しいたぬ」


 ソフィが、あやすようにクロードの頭を撫でた。


「わたしたちは、好きだって伝えたかったの。気にしないで。もうすぐ治療の時間でしょう? お医者様のところへ行こう。クロードくん」


 そうして、クロードを医務室まで送ったのち、三人は食堂に入って緊張が解けたかのように椅子へ崩れ落ちた。


「た、助かったぬ」

「こ、今度ばかりは、敗北したかと思った」

「アリスちゃんか、セイちゃんが選ばれると思ってたから、良かったのかな」


 どうにか立ちあがってお茶を入れようとするソフィを、アリスとセイは半目で凝視した。


「ソフィちゃん、何を言ってるたぬ?」

「棟梁殿の話を聞いていなかったのか。幸い無効試合になったが、この勝負、勝っていたのは、ソフィ殿だったよ」

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