第九章 侯爵令嬢救出作戦

第161話(2-115)悪徳貴族の正月

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 クロードは、夢を見た。

 いつかどこかで見た夢の続きだと、彼はゆっくりと理解した。

 クロードが見ているのは、普段の自分よりも背の低い少年の視点で進む夢だ。

 戦争で焼けだされ、石もて追われた彼は、妹らしい少女と共に、湖の近くにある村に保護された。

 身体に怪我をした人、心に深い傷を負った人、同じように戦災にあった人々が逃げてきて、村はそういった行き場のない負傷者が身を寄せ合って生活していた。

 兄妹はソフィに似た雰囲気をまとう夫婦に引き取られ、まるで我が子のように可愛がられた。

 少年は見かけ以上に力があったから力仕事を任されて、少女は同じ軍の先輩から習った家事を得意としていた。

 だから、二人の仕事がかぶることは少なかったのだけれど、その日の夕方、たまたま水汲みと野草取りで鉢合わせた。

 少女は、今も人間を恐れて目深にフードを被っていたが、一時期に比べればずっと和らいでいた。

 湖を一望できる高台で、二人はしばしたたずんで風に身を任せた。


『兄さま。こんな穏やかな日がずっと続くといいね』

『大丈夫だよ。お前は、村の皆は、ボクが守るから。今度こそ、今度こそ守って見せるから』


 なぜだろう。クロードは少年の言葉を聞いて、せつなくて泣きたくなった。

 夕陽が山間に沈む。青い湖面が茜色に染まって、まるで世界が燃えているようだった。


―――

――


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)三日。

 クロードは目を覚ました。どうやら毛布とテーブルで仕立てたコタツにくるまって、オレンジに似た味の棘がついた果物をむきながら眠ってしまったらしい。


「領主さま。お茶をお持ちしました」


 レアが梅干しの代替品である、アプリコットを塩漬けにして干した実入りのお茶を持ってきた。

 クロードはお茶をゆっくりと飲みほしたあと、レアの青い髪と緋色の瞳、花のようなかんばせを見つめた。


「レア」

「はい」

「……暑い」

「……はい」


 年明けは、世界が異なっても祝いの日だ。

 レーベンヒェルム領の民衆も、羊や鶏を焼いたりビールをかけあったりして、新しい年の始まりを祝った。

 クロードは寝正月を決め込もうとしたものの、領主という立場上そうは問屋がおろさず、ようやく休みが取れたのは三日になってからだった。

 彼はさっそく簡易の正月セットを組み立てて、新年気分を満喫しようとしたのだが、どうにも故郷とは勝手が違った。具体的には、ここマラヤディヴァ国は常夏の国だった。


「南国のバカヤロー!」

「去年も同じことを仰っていたではありませんか?」

「レア。お正月は、コタツにくるまってミカンを食べながら梅茶をすすって、駅伝を見るのがお約束なんだ」


 もしも演劇部の先輩たちが居れば、そりゃお前のルールだろとツッコミを入れただろうが、居ないから何も問題はない。

 隣を見ると、虎にもたぬきにも似たぬいぐるみの姿に変化したアリスが、黄金色の毛に包まれたお腹を丸出しにして、造花の冠をひっしと抱きしめて、よだれを垂らしながらもう食べられないたぬと呟いていた。

 セイはコタツを『堕落させる天魔』と呼んで自室に避難していたし、ソフィは巫女としての役目があるため、三日間外出中だ。

 レアは首を傾げつつも、クロードに告げた。


「駅伝というのはわかりませんが、昨日の障害物マラソン大会は大賑わいでした」

「うん、大賑わいで、だけど酷い事件だった……」

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