第267話(3-52)悪徳貴族と豊穣祭『裏・魔術道具展』
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契約神器・魔術道具研究所こと契魔研究所が開催した『魔術道具展』は、レーベンヒェルム領軍やユーツ領遺臣団も協力する大規模なものだった。
マラヤディヴァ国内に留まらず、海外からの観光客でひしめき合う一角には、豊穣祭でも用いられている冷蔵箱や、自動洗濯壺といった最新のマジックアイテムが展示されている。
また塹壕戦で用いられた菱形戦車ゴーレムを改造した、クマ型のショベルドールカーや、キリン型のクレーン人形車といった大型魔術機器がデモンストレーションを実演していた。
商人たちは喰いつくように冷蔵箱や洗濯壺に殺到し、農民や工員たちは
「……クロード殿。やはりあのゴーレムは、最初から農業や工事用として使うべきだったと思うぞ」
「ごめん。あの時は、本当にごめん」
クロードが良かれと思って配備した契魔研究所の試作兵器だが、実戦ではほぼすべて失敗作であったという無惨な結果に終わっている。
「でも、あれで実戦情報が得られたから改良することができたんだ」
「その言い分はわかるが、部下たちも命を懸けているんだ。試験もなしの実戦投入は控えてくれ」
「だよね。ぶっつけ本番はいけないよね!」
この時、二人はあるフラグを立てていたのだが気づくことはなかった。
「ちょうどいい時間だ。セイ、裏に回ろう。契魔研究所までテレポートするよ」
「いいのか? クロード殿、会場を離れても……」
「トップには打ち合わせ済みだよ。このメンバーが揃うのは、あまり知られたくないんだ」
クロードとセイが転移したのは、契魔研究所の機密倉庫の中だった。
レアとソフィが協力して魔法防御機構を構築し、彼女たちとクロード、セイ、アリスのいずれかを伴わなければ、入室すらできないという、厳重なセキュリティで守られていた。
「クロードくん、セイちゃん、いらっしゃい。今お茶を入れるね」
「リーダー、会場の方は盛り上がってましたか?」
「遅かったわね。でも、おかげで準備は万端よ」
「ソフィ殿、ヨアヒムにショーコ殿。……ああ、そういうことか」
セイは、倉庫を見回して得心した。
施設内には、一目で重要だとわかる無数の魔術文字が刻まれた石柱や、鏡面大盾を持った半人半馬の銅像が引く人力車、量産型飛行自転車などが集められて整然と並べられていたからだ
「まったく人が悪いな、
セイの言葉にクロードは頷いた。
完成した新兵器が輸送中に強奪されるというのは、物語でもよくあるネタだ。
特に敵将のゴルト・トイフェル。彼にはやりかねないという凄味があった。
「ただの、モッタイナイ精神さ。それに、こっちだってお祭りに違いない。さしずめ裏・魔術道具展。司会のショーコさん、解説をどうぞ!」
「え、裏とか言っちゃうの。センスないわね」
ショーコの何気ない一言は、クロードの心を傷つけた。
クロードくんガンバとか、棟梁殿気にすることないぞとか、リーダーがっかりしましょうと周囲が励ます? 間に、紫髪の少女は白衣を着て簡易の壇上にあがり、フハハと高笑いをした。
「コホン。講義を始めましょうか。じゃあ、まずは異世界人じゃなきゃ気付けない
ショーコが呼び掛けると、参加者は静まりかえった。
「そうね、皆はペンを投げた時、なぜ床に落ちると思う?」
彼女の出題に、セイもヨアヒムも、ソフィも不思議そうに首を傾げた。
「ショーコ殿、なぜって、そういうものではないか?」
「土の魔力がどうのって聞いたことがありますねえ」
「うーん、あるべきものはあるべき場所に返るっていうのが、宗教的な考え方かな?」
「じゃあ、クロードは?」
クロードはショーコの真意が掴めず、ソフィが入れてくれた紅茶で喉を湿らせて慎重に応えた。
「重力だろ。あらゆる物質は引かれあう。だから、ペンはより重い大地に引き寄せられる」
「そう、それが貴方のいた世界のルールなのね。でも、異なる世界では、そうじゃないルールで成立しているかもしれない。ヨアヒムさんやソフィさんの言ったような、ね」
物は上から下に落下する。それは地球でもこの世界でも変わらない。けれど、原理までが同じとは限らない。
「もしも世界が宇宙で眠るヘビやクジラが見ている夢だったり、巨大な亀や魚が支える大地だったりしたら、果たして重力とやらは意味をなすのかしら?」
クロードがショーコに依頼したのは、マジックアイテムについてのアドバイスだ。
想定外の講義が始まったことで、思わず動揺する。
「ショーコ、頼んでおいてなんだけど、それはただの仮定じゃ……」
「いいえ、クロード。貴方はすでに知っているでしょう。貴方になじんだ物理法則だけじゃないルールが支配する異世界を」
そうこの世界は地球と異なる。歴史だけでなく、住人だけでなく、法則そのものが違いを孕んでいる。
「意思が文字を介して、現象を書き換える世界。それがここよ。セイさんも以前知りたいって言っていたし、ここに集まった全員に関係があるから伝えておくわ。この世界に隠されたルール、その一端を」
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