第264話(3-49)悪徳貴族と豊穣祭『セイの着替え』

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 クロードはセイのイメージチェンジに協力しようと、ヴァリン領が主催する海外交易展に入った。

 ここは豊穣祭最大のマーケットコーナーであり、外国からの輸入品も含む多種多様な衣服が売られていた。

 きっとセイが好む衣服だって見つかるはず、と勢い込んだクロードだったが、苦戦は免れなかった。

 セイはとかく肌を見せるのを嫌い、和服以外ならば、女性らしい服装よりも中性的でメリハリの利いた服を好む。とはいえ、彼女が望む服装こそまさに女の子らしい服装だったから、どうしようもない二律背反が成立していたのである。


「クロード殿、すまない。ワガママばかりを言って……」

「ううん。色んな服を着たセイを見られるのは楽しいし、その可愛いから」

「か、可愛いとか言うな。は、恥ずかしいから、じっと見るのもダメだ」

「可愛いなあ、もう」


 クロードは、赤くなった顔を隠そうとするセイの手を引いて、次から次へと店に飛び込んだ。

 男子三日会わざれば刮目(かつもく)して見よとはいうものの、セイにリードされていた頃を思い返せば、呉の呂蒙もびっくりの変わりようである。

 もしもクロードを知る演劇部員が見たなら、ショックでひっくり返ること請け合いだろう。

 クロードは、シャツにローブにガウンと様々な服を手にとって勧めた。

 そうして最後にセイが選んだ服が、Vネックのスキッパーシャツに似た白の単衣チュニックと、ベルボトムのジーンズを連想させる青の洋袴ズボンだった。

 いざ着替えてみると、セイの凛とした雰囲気と、華やかな女性らしさが両立して、大輪の百合のように美しさが花開いた。


「すごく似合ってる。でも、この服でいいの?」


 クロードは、セイはより服飾の多い服を望んでいるのではないかと、少し躊躇ちゅうちょした。


「うん。これがいい。クロード殿に選んでもらえて嬉しかった。髪もあとで整えよう」


 セイの横顔がとても美しかったから、クロードは甲斐があったと微笑んだ。


「次の展示を見に行こうか」

「クロード殿。そう言えば、ユーツ領の展示は無いのか?」


 レーベンヒェルム領は、これまで見てきたヴォルノー島にあるルクレ領、ソーン領、ナンド領に加えて、マラヤ半島にあるユーツ領とも同盟を結んでいる。


「ローズマリーさんに断られたんだ。豊穣祭に参加するのは、父母の眠る地を取り戻してからだって」


 ユーツ領は、緋色革命軍マラヤ・エカルラートの占領下にあった。ローズマリーは、旧領を奪回してけじめをつけるまでは、慶事の参加を控えているのだろう。


「でも彼女とユーツ領家臣団は、契魔研究所の展示を手伝ってくれたんだ。ありがたいことだよ」

「ふむ、ローズマリー殿がヨアヒムの展示に協力されたと」


 クロードは理解していなかったが、セイはなんとなくローズマリーの内心を読み解くことが出来た。

 彼女はきっと、ユーツ領の避難民脱出に力を尽くしたヨアヒムに心を許している。

 あるいは、ローズマリー・ユーツは、ヨアヒムに異性として好意を抱いているのかもしれない。


「ローズマリー殿。貴殿の目は確かだよ」


 セイは、クロードにも聞こえないほどに小さな声で呟いた。

 普段はなにかと目立つ司令官の陰に隠れているものの、ヨアヒムは参謀長として揺るぎの無い手腕でレーベンヒェルム領軍を支えていた。

 またベナクレー丘の撤退戦や、血の湖ブラッディスライム討伐戦などでも、確かな戦果をあげていた。

 同時にヨアヒムは、明確にクロードに忠義と友誼を示した士官でもある。ユーツ領への登用は困難だろうし、もしも惚れたのであれば関係は更に困難を増すだろう。

 そんな風に考えて、より厄介な標的が隣にいることに気づいて、セイはふと我に返った。

 そして気がつけば、露店の中に珍しい武器が飾られていたのである。


「と、クロード殿。ちょっとあの店を見てみよう」

「うん? あれはイシディア法王国の天幕だね」


 セイが見つけた商店では、日本刀ニホントウ薙刀ナギナタといった、この世界では珍しい武具が販売されていた。

 おそらくは、シンジロウ・ササクラの影響だろう。

 テルから又聞きした話によれば、彼はイシディア法王国に士官して、西部連邦人民共和国の侵略を退け、パルマーナ国の政変やベルガル独立戦争にも関わったらしい。

 彼の武功は、異世界たるこのマラヤデイヴァ国で、日本由来の武器が売買されていることからも伺える。

 しかし、セイが真っ先に手に取ったのは、ニホントウでもナギナタでもなく、竹を束ねた太い棒だった。


「なんだろう。竹槍かな? あ、ひょっとして、竹刀しないか?」


 クロードが、一目で判別できなかったのも無理はない。

 彼の知る竹刀よりも太く、巻き付けられた獣皮も色鮮やかに染められていたからだ。

 セイは何度か振って感触を確かめると、天幕の主を呼んだ。


「店主。これをあるだけ買いたい。契魔研究所へ送ってくれ」

「待って、セイ。僕が払うから」


 契約を取りつけて、店を出たセイは上機嫌だった。


「クロード殿、あれは素晴らしいものだ。きっと役に立つぞ」

「セイ、強い武器が欲しいなら言ってくれれば……」


 レアには鋳造魔術という武器練成の魔法があり、アリスは人化の手段を得た。

 ソフィもまた最近ルンダール遺跡で古代の魔術道具を発見したことから、クロードはセイが焦っているのではないかと感じたのだ。


「強い武器? 違うぞ、クロード殿」


 セイは確固たる意思をこめた瞳で、クロードを見た。


「そうさな。棟梁殿と出会う前の私なら、一振りで何人も斬り殺せるような強い剣を望んだかもしれない。契約神器や魔術道具に心惹かれるところもある。けれど、私は、セイは、棟梁殿からレーベンヒェルム領の軍権を預かった司令官だ。戦で武勲ぶくんをあげる以上に未来を考える責務がある」

「未来、か」


 クロードもまた、クローディアス・レーベンヒェルムの影武者として、今領を統べる主として領の未来を憂いていた。

 だからこそ、彼は良き明日を勝ち取ろうと改革を進めてきたのである。

 でも、本当だろうか? クロードの改革は、”自分のいない”未来だと、決めつけてはいなかっただろうか。


「クロード殿、邪竜ファヴニルと緋色革命軍を打ち倒せば、マラヤディヴァ国は一定の平和を取り戻すだろう。法を敷き太平の世を創る。そんな、戦のない静寂な世界を見てみたい。けれど、それで軍が無用になるなどと言うつもりはないよ。貴方だって、この先の有事を想定しているのだろう?」


 クロードは首を縦に振った。


「一番気になるのはやはり西部連邦人民共和国だよ。この数十年、イシディア、ヴェトアーナ、ネメオルヒスと多くの侵略戦争を行っている。半ばで止められたといえ”シュターレンの雪解け”をはじめ弾圧と粛清も苛烈だ。今の共和国は、拡大し続けなければ持ちこたえられない歪な国だ。レーベンヒェルム領を経済植民地にしたように、これから先も多くの国で争乱の種を播くだろう」


 現教主は比較的、理性があって穏健だ。経済や外交に対する造詣もある。

 しかし、次の教主が愚かな独裁者にとって代わられないとは限らない。次期教主候補のひとり、ウド・シュバーツヴルツェル枢機卿などは、極めて危うい人物だった。

 

「次に、アースラ国やダマスクス国といった中東海地方。ヴァン神教の正統を巡る周辺国との宗教的対立や原理主義テロ団体、政情不安を抱えていて、こちらに飛び火する可能性が濃い」


 これらの国々の戦火によって多くの難民が生まれ、妖精大陸などに流入し、多くの社会問題を引き起こしていた。

 すでに近隣のイシディア国やパルマーナ国でも過激派が入り込んでテロを引き起こしていたため、マラヤディヴァ国にとっても人ごとではなかった。


「最後にナラール国。あの国は兄弟国とも言えるナロール国と表面上争ってるけど、あれはカードゲームのコンビ打ちだ。偽りの友好と緊張緩和を幾度となく繰り返して時間と資金を稼ぎ、危険な禁呪や魔術道具の開発を続けている。ナロール国はおよそ完成する兵器と国内の支持を目当てに協力しているんだろ。厄介なのは、連中が紛争地域にそれらの兵器を輸出していることだ。ダマスクス国ではすでに使われたという報告もある。あれらの国々が現状のままである限り、第二の楽園使徒アパスルが生まれかねない。ひょっとしたら、奴らが直接使うこともあるかもしれない」


 クロードの予想は、不幸にも数年の後に現実のものとなる。

 ナラール国は、多くの外国人が集まった空港で、自ら開発した毒ガスを使用して要人暗殺を実行した。


「では聞こう。クロード殿、それらの国々を討ち滅ぼす力が、将来のマラヤディヴァ国にあるか?」

「ないよ。諸国と連携して問題の対処に当たり、長期的な戦略で弱らせ、無害化するのが一番有効な対処法だ」

「そうだよ。……私達の戦いは、いずれ『勝つ』ことから『守る』ことに変化する。敵将の首を獲る戦から、田畑を焼かないための抑止力に変わるんだ」

「セイ」


 セイという少女は、類い稀なる戦術指揮能力と裏腹に、大局的な戦略眼に欠けていた。

 けれど、彼女の理念はずっと一貫している。人治ではなく法治を尊び、戦争よりも平和を願う。


「剣よりも銃が、銃よりも魔術道具が、魔術道具よりも契約神器が勝るだろう。でも、道具を最後に使うのは人間だ。クロード殿がファヴニルから皆を守ることを選んだように、私もレーベンヒェルム領軍をこの地と民を守る防人さきもりとして鍛えよう。さっきの竹剣、あれはいい。殺すこと以上に、鍛えることを重視した武器だ。ぜひ領軍の訓練に取り入れたい」

「セイには、叶わないなあ」

「私を変えたのは、棟梁殿だぞ」


 セイは、クロードの前に一歩踏み出して振り返った。軽やかなシャツとジーンズが風を受ける。


「昨日よりも今日、今日よりも明日、先に進むんだ。お、女の子としても。一緒に歩いてくれる?」

「うん。一緒に行こう」


 クロードは差し出されたセイの手を取った。豊穣祭は午後真っ盛りとなって、いよいよ熱気に満ちていた。

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