第329話(4-57)相容れぬ理想
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自分には人間が蟲に見える。ブロルの自嘲めいた言葉に、赤毛をおさげにした女執事ソフィが身を乗り出した。
「ブロルさん、わたしなら治療出来るかも知れません。症状を抑える道具を作ることなら、今すぐにでも取り掛かれます」
「ありがとう、お嬢さん。実はそういった道具を使ったこともあった。私だけが生き残り、
ブロルの瞳が、昂ぶる感情に駆り立てられるように青く染まった。
「誰かの命を救った時、誰かの笑顔を見た時、私の中で黒い何かが
ソフィは目を潤ませて押し黙り、クロードとセイもまた唇を強く結んだ。
いったいどんな言葉をかければ慰めになるだろう? ブロル・ハリアンは、きっと無意識のうちに力を暴走させている。彼はもう大多数の人間をヒトとして直視出来ないほどに、追い詰められてしまったのだ。
「辺境伯、貴方もこのユーツ領で見てきたはずだ。緋色革命軍が定めた腐った法律を。私は行政長官として守り続けたよ。その結果をどう思う? 身勝手な革命軍兵士たちによる正義と称した殺戮と略奪だ。悪法もまた法なりというが、守るに値しない悪法もある」
「ブロルさん。間違った法律、成立させてはいけない法律はもちろんあると思う。悪法や現実に即していない古い法律は改定、更新すべきだろう。貴方が望まれるなら、僕達にも協力できることがあるかも知れない」
クロードの申し出は、ブロルによって遮られた。
「そうじゃない! 違うんだ。どれだけ法を定めても悪用するものはいる。穴をつくものだっているだろう。それは人間の限界ではないか? 私が生み出した新生命、ネオジェネシスにはそれがない。なぜなら、感情と記憶の一部を共有できるからだ。この子たちが主人となる理想世界をつくり、人間を家畜として管理運営する。それが、私の望む幸せだ」
クロードは理解した。
彼の後ろに誰がいるのかを、これ以上ないほど明確に確信した。
「ファヴニルか。あいつが、貴方にそんな考えを植えつけたのか!」
クロードは自ら体験し、嫌になるほど知っていた。人間をモノとみなし、領を玩具箱になぞらえる考え方は、誰であろうファヴニルのものに他ならない。
「想像に任せよう。しかし、これは他ならない私自身の望みだ」
ブロルはきっぱりと断言した。クロードが彼に感情的な反応を返す前に、セイが口を開いた。
「ハリアン卿。貴殿の今の発言は、人間と
「心配はいらない。貴方方が望むなら、私が新生命へと改造しよう。どうしても嫌だというのなら、名誉ネオジェネシスとして遇してもいい。共に世界を革命しないか?」
クロードは呻いた。座ったまま、拳を強く握りしめる。
(ファヴニルが力を貸すはずだ。ブロル・ハリアンは、あの馬鹿が好きなタイプの人間で、目標があいつに近い)
「ブロルさん」
クロードはソフィを見た。セイを見た。彼女たちもまた頷いた。持ち帰って合議にかけるまでもなかった。
「ブロルさん、僕は、僕たちは人間だ。一時的な停戦ならばまだしも、その思想は受け入れられない」
それはどうしようもないほどに、相容れない
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