第330話(4-58)着火する導火線

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 クロードの返答を聞いたブロルは、まるで肩の荷を降ろしたかのように、不可思議な笑みを浮かべた。


「停戦を検討してもらえるだけで充分だ。其方にも準備があるだろう。辺境伯、今日は貴殿に会えて嬉しかったよ」

「ブロルさん、貴方もまた人間だ。貴方の憎悪は、貴方の憤怒は、僕が持っているものと同じものだ。だから!」

「だから、私は人間でないものになりたいのさ」


 ここに、共存の可能性は打ち切られた。手を組むことは出来る。利用し合うこともあるだろう。しかし、クロードとブロルが望む未来は、種族の生存すらかけるほどに違ってしまった。


「わかったよ、ブロルさん。三日のうちに大同盟の意見をまとめて交渉官を送る」

「良い返答を期待しているよ。次にまみえる時は敵かも知れないが、再会を願っている」


 クロードは予感した。おそらく停戦は成立するだろう。いくらかの土地やお金を支払うことになるかも知れないが、仇討ちの為に時間が必要なのはネオジェネシスも同じだ。人質などの無茶な要求はするまい。

 ローズマリー・ユーツはきっともどかしがるに違いない。とはいえ電撃戦の結果、進軍速度が早すぎて、奪回した領地も統制がとれていないのが実情だ。一ヶ月の時間は、むしろユーツ侯爵家が足場を固める好機となる。問題は、一ヶ月の停戦期間が終わった後だ。


「クローディアス、異世界から来た友人よ。貴殿は人間として竜と戦うことを選んだのだろう。ダヴィッドは自ら望んで竜の玩具となり、私もまた願望のために魂を売ったのだ。共に為すべきことを果たそう」


 ブロルが別れの挨拶を告げた時、彼の瞳から青い輝きが消えて、灰色に変わっていた。クロードは胸に噛み締めた。ひょっとしたらこの瞬間だけ、彼は人間として別れを告げたのかもしれない。


「さようなら、ブロル・ハリアン。貴方の仇討ちが果たされることを願っている。僕も、必ず宿敵を打ち果たそう」


 ソフィはもどかしげに何かを言おうとしたが、胸の中に飲み込んだようだった。セイは美しい眉をひそめたまま、何かを考えている。彼女もまたこの後の戦に思いを馳せているのだろう。

 アルファは、クロード一行をまるで親の仇を見るかのように睨みつけていた。彼女は確信していたのだ。自身の創造者を討つものがいるとすれば、それはきっと彼らに他ならないと。

 クロードたちは、デルタと共に転移魔術を使って港町ツェアへと戻った。ネオジェネシスは陣を敷き、避難民を遠巻きに見守るだけで、攻撃を加えることはなかったらしい。


「クローディアス様、ソフィ様、セイ様。本日はありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています」


 デルタは朗らかに宣言して、クロード達と握手を交わした。

 セイだけが別れ際、彼にポツリと呟いた。


「デルタ殿、いいのかい?」

「大同盟の迎えが、空飛ぶ魔道具を使って南から近づいているようです。避難民の救援を手伝ってもらってはいかがですか?」

「そうか、それは重畳。情報に感謝する」


 実のところ、セイはクロードやソフィと違い、ネオジェネシスを全く信用していなかった。彼女が推察するに、ブロルは領都ユテスの避難民を害するつもりはなかっただろう。彼は離れた場所に天幕を張って、指揮をデルタに委ねていた。

 しかし、軍権を預かったデルタはブロルの方針とは裏腹に一〇〇〇の兵を動員し、戦闘力のない民間人を追い立てた。これは、おそらく撒き餌だ。

 さすがに大同盟の首魁たるクロードが釣れたのは想定外だったろうが、最初から救出に来る大同盟救援部隊の責任者をブロルに引き合わせるつもりだったに違いない。


「ネオジェネシスの兵は精強のようだ。この短時間でこの設営の手際、感服する」


 どれくらいの時間を天幕で過ごしたことか、その間にネオジェネシスは見事な陣地を敷設していた。

 塹壕ざんごうを掘り、土塁を固め、魔法陣をそこかしこに描いて水攻めの対策もぬかりない。


「光栄です。レア様、マルグリット様にもよろしくお伝えください」


 同時に、セイの賞賛を受けたデルタは、背中に冷たい汗をかいていた。

 同族が目撃した光景が、彼の共有記憶に上書きされる。セイもまたブロルとの会談の間に、飛行自転車隊とレア、マルグリットを呼びよせていたのだ。

 炭鉱町エグネの要塞が爆撃で吹き飛ばされたのは彼らの記憶にも新しい。いかに精緻に作り上げたとしても、急造の陣地では耐えられるはずもない。


「「次は戦場であいまみえよう」」


 薄墨色の髪の姫将軍と、白髪白眼の参謀は別れて正反対の方向に歩きだした。

 二人が雌雄を決する日は、そう遠くない。停戦が成立して終わる……その時こそ。

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