第392話(5ー30)嵐の前
392
「……ドゥーエさんが、終末を止めるために僕を見出しただって?」
クロードは、想像もしなかった己の評価に愕然とした。
「僕は英雄にほど遠い、ただの悪徳貴族だぞっ?」
クロードはそう
「いやいや、兄さんみたいな悪徳貴族がワラワラいたら逆に怖いっす」
「クロードお兄さんくらい、不可能に挑んだ人は珍しいんじゃないかな」
「お兄さんってば、特別な力も無ければ誰に選ばれたわけでもないのに、悲劇や惨劇をまとめてゴミ箱に捨てちゃったもの」
「おかげでヒントのだしようもないんだよね。歴史が変わり過ぎていて、さっぱりわからないし」
「あ、そうだ。私たちだけじゃなくて、あのウルトラバカも、きっとお兄さんに憧れてるよ」
一番目の少女は、黒褐色のツインテールを雪風になびかせたまま、エメラルドグリーンの瞳からひと筋の涙を流して、儚げに微笑んだ。
「クロードさん。貴方は一度だって諦めなかった。運命に抗うのでしょう? 愛するひと達を守る為に」
「うん。それだけは必ず成し遂げてみせる」
クロードが見出した、ただひとつの勝利条件。生きて愛する少女達と日常に帰るのだ。そして……。
(雪の世界に取り残された女の子を、迎えにいかなくちゃ)
クロードが未来に思い馳せた時、雪の勢いが増していることに気がついた。風も強くなって、白々とした闇が世界を覆ってゆく。
一番目の少女は、涙の跡を手の甲で拭い、 クロードの手を再び強く握りしめた。
「聞いてください。クロードさんが壊した魔術道具は、巧妙に似せたレプリカです。本物は、まだどこかに隠されている」
一番目の少女が断言すると、雪景色に溶けゆく他の弟妹達も、口々に賛同と注意の声をあげた。
クロードも薄々感づいていた。ベータは何の為に命を賭けたのか。彼にとっての勝利条件はいったいなんだったのか?
かの好敵手は、
「そうか。ネオジェネシスの作戦は、まだ終わっちゃいないんだな?」
「ええ。もうすぐ――雪が降る――。命の危険を感じたら、すぐに逃げてください」
クロードは、少女の忠告に即答できなかった。なぜなら彼は影武者といえ辺境伯であり、領民の命を背負っているからだ。
「貴方はワタシ達よりもずっと強い。それでもまだ、かの邪竜には勝てません」
「わかっている。だからって、放置はできない。アイツを野放しにしておけば、またチョーカーやベータ達のような犠牲者がでる」
「第三位級契約神器レギンを探しましょう。彼女は必ずこのヴォルノー島にいますわ」
クロードがあくまで無謀な戦いを選ぼうとしたのに対し、一番目の少女は諭すように勝つ為の手段を伝えた。
「君は、君たちは、レギンのことを知っているのか?」
レギンこそは、レーベンヒェルム領の古代遺跡に封印された、ファヴニルとオッテルの妹。
クロード達が二年もの間探し求めて、ついぞ見つけること叶わなかった契約神器だ。
「ええ。一方的にですが、知っていますわ。レギンは、最高の魔導鍛治にして、鋳造魔術の達人です」
「おしとやかで、可愛い女の子だったよ」
「でも、いつも諦めたような寂しい顔をしていたかな」
「美人薄命っていうの? いまにも壊れそうなガラスみたいな雰囲気だった」
クロードは、幽霊姉弟が口にする人物像を思い返したが、残念ながら記憶の中に該当者はいなかった。
(だって、そうだろう?
もしも、
「……なんだ? 風が、強くなってるっ」
吹雪はいよいよ激しさを増して、日本庭園は雪に飲まれて影も形も見えず、幽霊達の気配すらも定かでなくなった。
吐き荒ぶ風の向こうから、途切れるような声が聞こえてくる。
「……まだ聞こえる? クロードお兄さん、〝ミズキ〟をヴォルノー島に呼んで。アイツなら、きっとお兄さんの力になるはずだ」
「……残念ですが、ここまでですわね。どうか生き延びてください」
少年少女達の声が遠くなってゆく。
クロードは、己が手を離そうとした一番目の手にしがみついた。
「待て、待ってくれ。まだ聞いていないことがある。君たちの〝目的〟は何だ? あるんだろう! 復讐でも、憎悪でもない、地上に留まる未練が――」
「……二〇番目。この世界にはいない、末の妹と再会することですわ」
クロードは、彼女のことを憶えていない。
けれど、約束だけは魂に刻みつけていた。
(ぼっちは、他人事じゃあないからね)
クロードは、もう一度、氷結の世界に取り残された女の子に逢いにいく。
「みんな、忘れないでくれ。僕は必ず力を貸す!」
ありがとうと、白い闇の中から感謝の声が聞こえた気がした。
「……あれ、もう夕暮れか」
眠っていたのは、どれくらいの時間だったか?
西の空に日が沈む頃、馬車は領都中心地にある寮警察本部へと到着していた。
「辺境伯様。失礼します」
「今日は、英雄譚に立ち会えて感動しました」
「一緒に戦えたことを、末代までの誉れとします」
捜査員達は、口々に別れの言葉を告げて降りてゆく。
最後にドゥーエが会釈して、馬車を後にしようとする。
クロードは思わず、彼の背に声をかけた。
「なあドゥーエさん、背中の袋を見せてくれないか?」
「カカッ。そいつは、勘弁してもらえませんでゲスかね」
ドゥーエは言っていた。
彼は、古巣に――始末をつけた――のだと。
「なにか大切な思い出があるんだね?」
「血の繋がっちゃいない姉弟を介錯した。それだけです」
夢を見た。
夢の中で、一番目と呼ばれた娘は、彼女達を殺したのはドゥーエだと告げた。
「ドゥーエさんは、姉弟のことを愛していた?」
「ええ、今でも愛しています」
「すまない、悪いことを聞いたね。また一緒に仕事をしよう」
「ええ、暫くは稼がせていただくでゲスよ」
かくして、クロードとドゥーエは別れる。
けれど、二人は知っている。真の戦いがもうすぐ始まることを。
――
おまけジョーク
熊のヌイグルミ「すみません、そこの方。
クロード「ああ、それなら」
熊のヌイグルミ「道の真ん中、赤褌(あかふんどし)一丁でナンパしているバカの友人なんです」
クロード「……聞いたこともありませんね」
ニーダル「後輩よ、ひどくね!」
クロード「ひどいのは部長の格好でしょうが!」
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