第297話(4-26)ヘルバル砦の制圧

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「ぷはっ、鋳造――っ」


 オトライド川の北部本流に落下したクロードは、どうにか水面に顔を出して右手から鎖を生み出し、川岸の木へと巻き付けた。

 しかし、川底が深くて足がつかない上に、増水して流れが速く、岸へ近づくどころか流されないようにするのが精一杯だった。


「ハ。見ちゃられんナ、クロオド。こんなこともアろうかと、待機していて正解だっタ」


 窮地のクロードにいち早く駆け寄ったのは、カワウソのテルだった。

 彼は颯爽さっそうとヘルバル砦を飛び出すや、水かきでスイスイと川を移動して、今にも溺れそうな友の手を掴んだ。


「た、助かった。ありがとうテル」

「イイってことヨ」


 そうして彼は手を引いたままちゃぷちゃぷと水を叩いて、にっちもさっちも進まなくなった。


「……スマン。この身体じゃ無理だナ」

「なにしに来たあっ」


 これでは単に、『こんなこともあろうかと』と言いたかっただけではないか?


「ウー、バウ!」


 次に二人の救助に駆けつけたのは、銀色の犬ことガルムだった。

 彼女はひと跳びで、要救助者の眼前に着水する。そうして、両の手で水をかき、流され始めるやクロードとテルにひっしとしがみついた。


「クーンクーン」

「クロオド、通訳するゾ。ごめんなさい、この姿だとあまり泳げません、ダと」

「嬉しいけど、嬉しいけどさぁっ」


 先刻から、状況がまるで好転していない。


「バウバウ」

「勘違いしないでネ。貴方のことなんカ、全然心配してないんダから。とさ、モテモテだな。クロオド」

「あーっ、うわあ」


 モテモテなどと、こいつは本気で言ってるのだろうか。

 ガルムの場合、真剣にクロードはどうでも良くて、テルのために後先考えず飛び込んで来た可能性もある。

 このように事態打開には至らなかった助っ人ったちだったが、遂に真打ちが登場した。


「お待たせたぬ。クロード、ガっちゃん、テル。たぬが助けにきたぬ」

「さっすがアリス。こっちだ。ちょっと無茶したせいで、手がきついんだ」


 アリスは黒い髪を振り乱して泳ぎ、健康的な肉体で踊るように荒れる水面を切り裂いて、クロードと彼の身体にしがみついたガルムとテルの元へとたどり着いた。

「さあ、たぬの手を掴むたぬ」

「アリス、よく来てくれた」


 クロードが差し伸べられた手を掴んだ瞬間、ぼふんと音がした。

 黒髪の少女は、金髪の幼い姿に早変わりし、あっぷあっぷと溺れ始めた。

 魔力切れで、省エネモードへと切り替わってしまったのだ。


「た、たぬぅううっ」

「いいよ、アリス。ここまで頑張ってくれてありがとう」


 クロードは、小さなアリスの身体を左腕で抱きしめた。

 鎖を掴む右手はもう限界だ。

 砦の北口から河原へと走り出てきた戦友達に向かって、クロードは叫んだ。


「先に行ってる。早く追いついてこいよ。でないと僕が、いいところを全部貰ってしまうから」


 クロードは足先で魔術文字を刻み、水中から氷柱を射出した。

 無数の氷柱は、鎖を巻き付けた木に狙い違わず命中し、半ばから断ち折った。

 最後の力で丸太を掴んだクロードは、胸に抱いたアリスと、背にしがみつくテル、ガルムと共に下流へと流されてゆく。


「むふん、ひょっとして、これってダブルデートたぬ?」

「バウワウ♪」

「……おい、生き延びル心配の方が先ダろう」

「そうか、これって川下りデートなのか」

「違うゾ。しっかりしろクロオド。百歩譲っても遭難デートだコレ!」


 そんなことを喚きながら、四人は前へと進んでいった。

 彼らのたどり着く場所がどこなのか、今はまだわからない。


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一九日。

 ユーツ領解放軍は、オトライド渓谷関所に引き続き、ヘルバル砦を陥落させる。

 この戦果によって、高山都市アクリアを中心とするユーツ領南西部が緋色革命軍占領下から解き放たれた。

 戦いは、次のステージへと移った。

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