第238話(3-23)悪徳貴族と巫女の思案

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 クロードたちは、いまだ姿の見えない火竜を求めて沈没船の探索を続けた。

 海水の流れる船底部をしらみ潰しに歩いて階段を昇り、崩壊の度合いが比較的少ない船尾から時計回りに迂回しつつ船首を目指す。

 途中、先行したショーコが壁に擬態ぎたいしたクラゲ型のモンスターと接触し、うねる触手に絡め取られようとしたものの、追いついたクロードとソフィが刀と薙刀で切り伏せて救出した。


「危なかったあ。クロードもソフィもありがとう。あ、あそこにも階段があるよ。私ちょっと行ってくる!」

「ショーコちゃん、あまり先に進んじゃダメだよ。クロードくん、強くなったね」

「ソフィが合わせてくれるおかげだよ。それに、皆が鍛えてくれたからな」


 クロードは口に出さなかったものの、ある男の名前を思い浮かべていた。

 オズバルト・ダールマン。クロードが魔術塔”野ちしゃ”で交戦した、鋳造魔術の達人だ。

 状況に即した武器を瞬時に創造して戦域を支配する彼の戦闘技巧は、クロードが目指す方向性に多大な影響を与えていた。


「僕はもう大丈夫さ。心配なのはショーコだよ。今日のあいつ、どこかふわふわしてる」


 クロードが思い返す限り、オーニータウンで初めて出会った時も、彼女が領都レーフォンを訪ねてきた時も、ここまで危なっかしくはなかった。

 海底ダンジョンで再会したショーコは、まるで何かの熱に浮かされたかのように、およそ地に足がついていない。


「ショーコちゃんは、きっとはしゃいでいるんだよ」


 ソフィの指摘を受けて、クロードは思わず膝を叩いて背筋を伸ばした。


「あいつ、はしゃいでいたのか!」


 クロードにも覚えがあった。

 自分が演劇部に入部した時、ハイテンションで空回りをしなかっただろうか。

 アリスやセイが領主館に来た頃、彼女たちは距離感をつかめずに高揚してはいなかっただろうか。


「そうか。孤独は、辛いからな」


 異なる世界で人類を救ったショーコは、守ったもの全てに裏切られて異界へと放逐ほうちくされた。

 彼女の父であるドクター・ビーストが、あのように狂い果てたのも無理はない。そしてクロードたちが彼の博士を討った今、彼女にはもう頼るべき身寄りがいないのだ。

 

「ねえ、クロードくん……」


 ソフィは、ショーコの正体がダンジョンに住まう青く輝くスライムであることを知っていたため、より正確に彼女の心情を推し量れた。

 ショーコはおそらく、これまではさほど孤独ではなかったのだ。彼女を打倒しようと、頻繁ひんぱんに住み処を訪ねる好敵手がいたからーー。

 クロードを丸のみにしたり半裸に剥いたりと、ショーコが採った手段にはソフィも思うところはあるが、彼女なりにライバルを鍛えていたことは伝わっていた。

 ところが最近のクロードは、領主業務に追われて遺跡を探索する時間が少なくなった。そうなると自然にショーコとの接点も無くなってしまう。

 今の彼女は、予期せぬ再会に感情が昂ぶって、上気しているように見えた。


「クロードくんさえ良かったら、ショーコちゃんを領主館に連れて帰らない?」

「ソフィ、いいのか? 増築したゲストルームにはまだ空きがあるし、アネッテさんやエステルちゃんも反対はしないだろうけど……」

「二人ともきっと喜ぶよ!」


 離れの棟で寝泊まりしているアネッテ・ソーンとエステル・ルクレは、二人だけでは寂しいからと頻繁に母屋を訪ねて、クロードたちと生活を共にしていた。

 ソフィの言う通り、きっと彼女たちならショーコを歓迎することだろう。レア、アリス、セイだって無碍むげにはすまい。


「うん、誘ってみようか」


 その一方で、クロードは館に出入りする女性が増えるにつれて、自身の肩身が狭くなっていることに若干の危機感を覚えていた。だが、いくらなんでもそんなあやふやな理由で断るというのも気がひけた。


(やれやれ。いまじゃ、僕の部屋だけが最後の砦だよ)


 なおクロード本人はバレていないつもりだが、すでにレアたちにはエロ本の隠し場所すら把握はあくされていた。頼みの自室なんてとうの昔に陥落済みなのだ。


「クロードくんも、以前はそのつもりで地下室に招いたのでしょう?」

「うん。でもあの時は、ショーコとろくに話せなかったし、出ていっちゃったし。やっぱり場所が悪かったかなあ」

「どうだろう。ちょくちょくお菓子が無くなってたよ。ショーコちゃんも楽しんでいた気がする。でも、言葉にしなきゃ伝わらないこともあるから」


 クロードとソフィがそんな会話を交わしている間にも、ショーコは恐れ知らずに前進し、巡回中のゴーレムと遭遇そうぐうした。警報が鳴り響き、フロア中のモンスターが集まってくる。


「だから、勝手に進むんじゃないっ」

「ごめーん!」

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