第129話(2-83)ルクレ領とソーン領の混乱

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 クロードとアリスは、ハサネ・イスマイールによってプレハブ造りの仮庁舎へと案内された。

 会議室では、暖色系のジャケットに身を包み、山吹色の髪をざっくりと結わえたブリギッタが、灰色の瞳に憂いの陰を帯びて待っていた。


「ブリギッタさん。辺境伯様をお連れしました」

「辺境伯様、怪我してるところをごめんね。どうしても聞いてもらいたい話があったんだけど、今、あたしもハサネさんも身動きが取れなくてさ。アリスちゃんもお出かけに割りこんじゃって……」

瞬間移動テレポートを使えば一瞬だ。気にしないでくれ」

「むふん、午前中のデート楽しかったぬ。問題ないたぬ♪」

「アリス仕事が終わったら、商店街でも一緒に歩くか?」

「クロードっ、大好きたぬ♪」


 ブリギッタにとっても、クロードとアリスの睦まじい様子は微笑ましかったが、事態は急を要していた。


「水を差すようで悪いけど……」

「すまない。教えてくれ。ルクレ領とソーン領でいったい何がおこったんだ」


 クロードの質問に、ハサネはいくつかの資料を取り出し、説明を始めた。

 先日、司令官セイ率いるレーベンヒェルム領軍は、侵攻してきたルクレ領主力艦隊と、五万人のソーン領軍団を見事に打ち破った。


「結果として、軍事力を喪失した二領では、領政に不満をもつ複数の有力者たちが武装蜂起して無政府状態に陥ったんです。特にドーネ河会戦以降、ソーン領では、”楽園使徒アパスル”を名乗る武装集団が、秘密裏に西部連邦人民共和国の武器支援を受けて勢力を拡大していました。彼らは対立する組織を武力行使でせん滅し、領の覇権を握ったんです」

「彼らは昨夜、ルクレ領でも火の手をあげて、トビアス・ルクレ侯爵の邸宅と役所を襲撃して爆破、使用人と役所職員を含め千人以上を殺害、戒厳令をしいたみたいよ」

「無体なことをする。いったいどんな集団だ?」


 うつむくクロードの言葉に応えるように、ブリギッタが新しい資料をクロードの眼前に置いた。


「このアジビラを見て。指導者の青年、アルフォンス・ラインマイヤー曰く、”そもそも蛮族であるマラヤディヴァ人が貴族をかたり、国政をもてあそんだことが不幸のはじまりである。ゆえに、国境をなくして、大国たる西部連邦人民共和国の庇護を受け入れ、誇りを持って平和と繁栄を享受きょうじゅしよう”だそうよ?」


 クロードは、ポカンと口を開いた。アリスは目をパチクリさせている。まるで意味がわからなかった。


「いかれてるのか。こいつらは」

「”楽園使徒アパスル”は、前身である”世界樹の端緒たんしょにて大陸平和と国際友好を願う青年勇士の会”を名乗っていた頃から、ソーン領民間の一部からは、略してと呼ばれていたそうです。地元の評価も推して知るべしでしょう」

「アルフォンス・ラインマイヤーは、若者たちに絶大な人気を誇る青年団体の指導者を自称していたわ。でも、こっちの集会写真を見てよ」

「ハハッ。前列以外は、外国人と老人しかいやしない」


 外国の工作員と、過激思想に狂った老人たちに担ぎ出された愚かな神輿みこし。それが、アルフォンス・ラインマイヤーという青年なのだろう。


「心が若ければいつまでも若者、きっとこの老人方は時間が止まっているのでしょう。具体的には、一四歳くらいで」

「厨二病へのいわれのない誹謗中傷ひぼうちゅうしょうはやめよう。同列に語るのは失礼だ」


 クロードは、ドクター・ビーストのことを思い出した。

 彼は、レーベンヒェルム領とマラヤディヴァ国にとって、怨敵とも言える悪党で、理解不能な浪漫ロマンの信奉者でもあった。

 だが、あの老博士は、間違っても頭にイデオロギー以外は何もないような、空っぽな人間ではなかった。


「確かに。以後は注意します」

「それにしても、わからない。”赤い導家士どうけし”は、浸透して地盤があったし、イヌヴェやキジーは性格さえ目をつむれば優秀だ。”緋色革命軍マラヤ・エカルラート”は、オッテルを騙ってファヴニルが糸を引いているし、ゴルトやレベッカのような恐ろしい将軍だっている。比べて、”楽園使徒アパスル”は、あまりにも、あまりにも薄っぺら過ぎる。なんでこの程度の連中が、二領も占拠できたんだ……」

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