第140話(2-94)悪徳貴族の幸せな朝
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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日朝。
クロードはゆっくりと目を覚ました。身体がじんわりと温かい。鼓動の音が聞こえる。まるで桃源郷にでもいるような幸福感に包まれていた。
(えらく具体的な夢だったな)
昨日は、遺跡で宿敵との決戦を繰り広げ、千年の前の戦いを記した遺物を持ち帰ったのだ。冒険の興奮がこのような夢を見せたのだろう。
(でも、もう朝だ。今日が始まる)
起きなければならない。鳥の啼き声が聞こえる。早くしないとレアかソフィが起こしに来てしまう。あるいは、アリスかセイが
「……えっ!?」
鼻先には、薄い夜着に包まれたソフィの豊かな胸があった。
とっさに誘惑を振り払い、後ろへ寝返りを打とうとしたのは、クロードの精神力の表れだろう。演劇部員の幻影が、こいつヘタレだと蔑んでいたが気にしてはいられない。が!
「……おっ!?」
誰かが、否、気配と感触でわかった。クロードの背中を、レアが手で触れていた。
どうやら彼は、昨夜ソフィとレアの二人に挟まれて、川の字で寝ていたらしい。
クロードの眠気が吹き飛び、全身に血が巡る。甘い香りに鼻がくすぐられ、意味もなくブラッドアーマー起動と叫びかけては、何をもったいないことをと自重する。
『義手ははめている。今だ。揉め!』
『よすんだ。眠った女の子に手を出すなんて最低だ』
クロードの脳裏で、部長の顔をしたコウモリ翼の悪魔と、会計の顔をした白翼の天使が殴り合いを始めた。
『だったら振り返って、寝ぼけたふりしてキスだ!』
『ふざけるな。接吻とはもっと神聖なものだろう』
眼前には、安らかな顔で眠るソフィ。背中では、寝息を立てるレア。二人に挟まれて、クロードは身じろぎもできなくなった。
この窮地に、脳内の殴り合いを制したらしい灰色の翼をもつ天使? が、厳かに告げた。
『よしクロード。ふたりまとめて、GO!』
(お前、堕天使だろ! 顔も痴女先輩だしっ)
クロードが現実逃避の茶番に興じているうちに、ソフィとレアが寝返りを打って距離を詰めてしまった。まるで抱き枕のように、二人に前後から抱きしめられる。
「クロードくん」
「りょうしゅさま」
クロードはソフィとレアの甘い香りと柔らかな感触に包まれて、温もりに湯だったかのように思考を放棄した。
しかし、時間は無情にも流れ続ける。不意にドアがコンコンとノックされて、アリスが顔を出したのだ。
「ぬふふ。夜這いが駄目なら朝駆けたぬ。って、
「ま、待てアリス。これは誤解! むぎゃっ」
クロードは、ソフィとレアに拘束されて、逃げられないところをアリスに飛びつかれたからたまらない。
「たぬも一緒たぬぅ」
「ぐぇえっ。暴れるな、死ぬ、天国と地獄、ぎゃふん」
幸せな圧迫感に呼吸を乱し、揺れる細い肩や腕からどうにか這い出ようとクロードはもがいた。
その時、再びドアが叩かれて、ノブが回った。
「おはよう、棟梁殿。騒々しいな。またアリス殿が何かしたのか? こりないなあ……なっ!?」
セイは部屋を覗きこむなり、寝ぼけ眼を何度もこすり、絶句して顔を真っ赤に染めた。
クロードは自身を省みた。アリスが暴れたせいで、彼もソフィもレアも夜着を乱してほぼ半裸に近かった。そして実行犯は、尻尾をぶんぶん振り回し、虎耳をぴょこぴょこさせながら、上機嫌で服を脱ごうとしていた。
セイは、そんな4人を見つめながらしゅるしゅると帯を緩め始めた。
「と、棟梁殿、五人同時というのはな。叶うなら、もう少し雰囲気を大事にして欲しかった……」
「落ち付けセイ。今の君は寝ぼけてるっ」
「わ、私だけ仲間はずれか。それはないんじゃないかっ!?」
「仲間はずれって、何をするの? ねえ何をするの?」
「いまやってるじゃないか!」
「こ、これは何かの間違いだあ。ソフィ、レア、起きろ。アリスは服を着ろぉっ」
クロードはどうにか包囲から這い出て、ベッドから転がり落ちた。
さすがの騒動に目を覚ましたのだろう。ソフィが赤い前髪をかきあげながら黒い瞳をぼんやりと開けて、レアもまた青い髪に隠れた緋色の瞳を見開いた。
しばし、彼女たちは惨状を顧みて、同時にぽつりと呟いた。
「クロードくんのえっち」
「領主さま。少し、やんちゃが過ぎます」
「なんでだっ。納得いかーん!」
たぶん大切な夢を見たのだろう。
しかし、クロードは朝の騒動と続く政略結婚に関する会議で、夢のことを忘れてしまった。
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