第178話(2-131)監獄島攻略作戦

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)一七日。

 レーベンヒェルム領の支援を受けたレジスタンスは、ルクレ領とソーン領を楽園使徒アパスルの圧政から解放すべく、反攻作戦を開始する。

 第一の目標となったのは、ルクレ領の北に位置する孤島アルブ島だ。

 アルブ島は、ほんの数か月前まで、ひなびた海賊対策の城塞と千人ほどの島民が暮らす集落がある穏やかな島だった。だが、楽園使徒が接収した城塞を思想矯正施設に改築したことから、懲罰天使アンゲルの所長と五百人の傭兵が支配する、二度とは出られぬ恐怖の監獄島と化してしまった。

 クロードとチョーカー率いるレジスタンス三○○名は、彼の島に囚われた侯爵令嬢エステル・ルクレとアネッテ・ソーンを救出すべく、周辺海域をパトロール中の巡洋艦『龍王丸』に乗りこんだ。

 この巡洋艦はかつて『海将丸』と呼ばれており、ルクレ領の先代領主トビアス・ルクレ侯爵の座乗艦だった。ボルガ湾の海戦で拿捕だほされたのちに修理と改装を受け、今は『龍王丸』と名を変えてレーベンヒェルム領艦隊の旗艦となっているのだ。

 クロードが作戦前の緊張から落ち着かない足取りで船内の装備や資材を点検していると、ふと甲板からチョーカーの声が聞こえてきた。


「昨日この船で結ばれた古い約条と同盟は打ち捨てられ、今日またこの船より新しい約条と同盟が始まる。皮肉な因縁だな」


 アンドルー・チョーカーは、牽引されて波間に揺れる揚陸用のボートを眺めながら、そう感慨深げに呟いていた。


「チョーカー隊長、大丈夫か。指揮をとるのが不安なら……」


 クロードは彼の沈鬱な表情から、縄ばしごをよじ登って思わず声をかけるも、チョーカーは首を横に振った。


「コトリアソビか、船上会盟から三ヵ月。緋色革命軍は窮地に陥ったルクレ領とソーン領を見捨て、あまつさえ二領を簒奪さんだつした楽園使徒と協力関係を結んだ。これは許されざる不義だ」


 緋色革命軍の代表であるダヴィッド・リードホルムと幹部レベッカ・エンガホルムは、ルクレ領とソーン領がレーベンヒェルム領との戦に敗れるや、用済みとばかりに見捨てて新しい手駒である楽園使徒と秘密裏に手を組んだ。

 謹慎中の司令官ゴルト・トイフェルは、二領残党へ義理を通すためアンドルー・チョーカーが率いる一隊を援軍として派遣したものの、レジスタンスからみれば手ひどい裏切りには違いなかった。


「小生はひとたび緋色革命軍にくみした者として、またレジスタンスの一員として、必ずケジメをつけなければならない。これは我が責務である。行こう、そろそろ作戦開始の時間だ」


 レジスタンスのメンバーは、沿岸警備の名目で航海中のレーベンヒェルム領艦隊から、ボートやダウ船に乗って出陣し、迷彩の魔法で隠れつつアルブ島へと上陸した。

 侍女のレアが留守居役として、また漁師に偽装したレーベンヒェルム領海兵隊が退路を確保するために浜辺へ残り、レジスタンスは主力であるチョーカー&ミーナ隊と、遊撃を担当するミズキ隊のの二手に分かれて攻めのぼった。

 あらかじめ説得していた島の領民たちが、約束した時間に島の各所に火をつけて陽動し、チョーカー隊を思想矯正施設へと案内する。

 島の異変は、海岸沿いに立てられた見張り台からすぐさま城塞へと通報された。


「西の詰め所から四件、東の詰め所が二件。出火したそうだ」

「偶然とは思えない。噂に聞くレジスタンスとやらの仕業か」

「劣等民族どもが、反乱でも起こすつもりか? たっぷりと思い知らせてやる」


 そうして楽園使徒の手勢が騒ぎを鎮圧しようと城塞から出てきたところを、物陰に隠れていたチョーカー隊が一気に奇襲した。


「総員奮起せよ。我らが故郷を侵略者たちの手から取り戻せ!」

「みんな、エステルちゃんを助けるですっ」


 チョーカーの第六位級契約神器ルーンホイッスルとミーナのワインの支援を受けて、レジスタンスが楽園使徒旗下の傭兵たちを矢で射ぬき、あるいは剣で斬り伏せる。

 ほぼ同時刻、海岸沿いの警備施設を襲ったミズキ隊からもマスケットの発砲音が轟いた。


「いやっほう。この火薬の匂いと発砲音、たまらないね!」


 ミズキ隊は海岸沿いを縦横無尽に駆け巡り、楽園使徒の通信施設を片端から破壊して回った。

 彼女たちは複数の詰め所と見張り台を陥落させ、楽園使徒の警戒網を寸断。楽園使徒の本陣である城塞、思想矯正施設を孤立させることに成功する。

 チョーカー隊が城塞へと迫り、ミズキ隊によって目と耳を閉ざされた楽園使徒。その責任者である思想矯正所所長は、この窮地においておよそ常識外れといえる選択肢を採用した。


「なんという醜態か。かくなる上は島の住民も同罪だ。区別なく殺せぇ」

「ゴーレムを動かすんだ。まとめてひき肉にしてやるぞ」


 懲罰天使の所長率いる楽園使徒の大部隊は、武装したチョーカー隊とミズキ隊との交戦を避けて、より殺しやすそうなアルブ島の住民たちを狙って集落へと進軍をはじめたのである。

 ある者は物騒な剣や槍をもち、ある者は弩やマスケット銃を背負い、更には重機代わりの軍用ゴーレムを六体も引き連れていた。


「処刑だ処刑。ひゃはははっ」

「見つけ次第ぶっ殺せぇえ」


 そうして意気揚々と集落に辿り着いた所長と兵士たちだったが、すでに村はもぬけの殻だった。

 否、赤いローブを身にまとったもやしのような少年と、彼の背中に抱きついて黒い尻尾を振るあどけない顔の少女。ひとくみのカップルだけが、だだっぴろい広場のベンチでのほほんとした顔で座っていた。


「約二〇〇人ってところか。読み通りだよ、楽園使徒。オーニータウンで非武装の外国人を狙ったように、お前たちなら必ず村を狙うと思っていた」

「たぬったぬう。お前たちのやろうとしている悪事は、たぬたちがまるっとするっとぜーんぶお見通したぬ」

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