第179話(2-132)監獄島解放

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 自分たちを待ち受けていたという言葉を投げかけられて、所長はゲラゲラとよく響く声で笑い始めた。


「見かけぬ顔だが、威勢の良い坊やたちだ。この腕輪が何かわかるか。第六位級契約神器ルーンバングル。選ばれたエリートである証しだよ。オレは人間を越えた力を手に入れた」


 所長が集落の家を殴りつけると、建てつけが悪かったのか、あるいは本当に強大な膂力りょりょくを得たのか、簡素な木造の家がメキメキと音を立てて崩れ去った。


「さあ、命がけの鬼ごっこの始まりだ。ガキども、泣き叫びながら逃げまどえ!」


 所長は胸を張り天を仰いで吠え猛ったが、クロードは気にも留めずにアリスの腕をマッサージしていた。


「アリス、ここはどう?」

「たぬう。ちょうど疲れてこってるところたぬ。やすらぐたぬう」

「ふざけているのか! 野郎どもっやっちまえ!!」


 所長を先頭に傭兵たちが駆けだしたところで彼らの足元が崩れ、傭兵たちの半数が奈落に呑まれるようにして落とし穴の底へ落ちていった。


「――落とし穴だとぉ!?」

「来るのを読んでたって言っただろう」

「何を隠そう、たぬは穴掘りの達人たぬっ」


 とっさに部下を蹴飛ばして穴の縁を掴んだ所長は、ある意味で稀有な判断力と外道な精神の持ち主だったのかもしれない。

 しかし、クロードはすたすたと近づいて彼のルーンバングルを火車切で破壊、すぐさま落とし穴の底へと蹴り落とした。

 傭兵たちはしばしの間呆気にとられていたが、所長の最期を見送ってようやく正気を取り戻した。


「あ、相手は二人。それも子供だ。まずは女の方からぶっ殺せ」

「行くよ、アリス」

「むっふふう。今日はぁ、アリスが一日独占たぬう」


 アリスは、剣や槍を手に近づいてきた兵士たちに向かって突進し、回し蹴りでまとめて吹き飛ばした。

 弩やマスケット銃を構えた傭兵たちも、アリスの動きがあまりに早すぎるせいでまるで狙いを定められない。


「女はやめだ。先にほそっちい男の方を狙え」

「遅い。ブラッドアーマーはすでに起動している」


 クロードは落とし穴を離れ、弩隊とマスケット隊が隊列を整えて狙いをつけた時には、彼らを間合いの中に収めていた。


「けど、どうにも片手だけというのは落ちつかないな」


 クロードは、火車切から火球を放ちながら切りこみ、兵士たちの腕や足を狙って斬りつける。

 何発かの矢と弾丸が赤いローブをかすめて弾痕を空けたものの、彼の全身を覆うジェル状の鎧が衝撃を散らして無力化した。

 弾丸が効かないという彼らにとって悪夢のような光景を見たせいか、楽園使徒の兵士たちの腰が露骨に引けた。


「や、やつらは魔術師か盟約者だ。ゴーレムを前に出せぇ」


 クロード自身は知らぬことだが、楽園使徒の兵士たちは引き出してきたゴーレムは、レーベンヒェルム領の領主館で隼の勇者アランたちが戦ったものと似たタイプの獅子像と兵士像だった。


「ギイイイイイイイッ」

「たぬぅううアッパァカット!」


 三体の獅子像が金属製とも思えぬ俊敏さで一斉にアリスへと躍りかかるも、右から順番にこーんぱこーんすぱこーんと空高く打ち上げられた。

 アリスが調整した結果、落下地点が遠かったのは兵士たちにとって幸いだったろう。軽く見ても一トン近い重量の下敷きになったら、まず無事ではすまなかったはずだ。


「オオオオオッ」

「灰になれっ」


 同じタイミングで三体の兵士像が巨大な剣、槌、斧を掲げ、クロード目がけて力一杯に振りおろした。

 避けられたのは間一髪だ。だがクロードは針の穴を縫うように、攻撃の隙を突いて火車切を振るい、三体の兵士像に魔術文字を刻んだ。それらは溶け落ちることすらなく、魔法の炎に包まれて消失した。


「なんなんだよ。なんなんだよあいつらは!?」

「ちょっと待て。わけのわからん女連れで、赤い格好ってまさか……」

「あの炎の魔術、聞いたことがある。ニーダルだ。ニーダル・ゲレーゲンハイトが出て来やがったぁあっ」

「逃げろぉ、あんなの俺たちじゃ勝てっこねぇえ」


 楽園使徒の兵士たちは恐怖に駆られたのか、二人に背を向けて一目散に逃げ始めた。

 クロードが彼らの逃走経路を把握しようと上空へ跳躍して島を見下ろすと、敵本陣である城塞監獄もまたすでにチョーカー隊の手に落ちたようだった。

 楽園使徒の悪政がよほどに耐えかねたのだろう。島民たちは我が身の安全も顧みず、抜け道の案内や事前工作に積極的に協力してくれていた。


「大義にもとづいて行動すれば、領民たちの喝采と声援を受けて、勝利の旗がたなびくこと疑いない――、か」


 今回だけかも知れないが、確かにチョーカーの言葉通りになったとクロードは大きく息を吐いた。

 順調だ。そのあまりにも順調すぎる作戦の推移が、逆に彼の不安をかきたてた。


「アリス、落とし穴の連中を拘束したら追撃しよう。レアもいるし、海兵隊だって潜ませているけれど、万に一つがあっちゃいけない」

「むふふ。鬼ごっこたぬ? クロード、たぬとどっちがたくさん捕まえられるか勝負たぬ♪」


 こうして、レジスタンスは無事アルブ島を制圧した。

 鬼ごっこのネタにされた捕虜たちは、息も絶え絶えに機密事項をあっさりと自白した。

 クロードとアリスからもたらされた情報によって城塞最下層の牢は開かれる。

 そして、エステル・ルクレ、アネッテ・ソーン。二人の侯爵令嬢は――。


「――いない、のか」


 クロードとアリスが辿りついた時、城塞の中は地獄絵図と化していた。

 戦禍だけが理由ではない。思想矯正所で拷問を受けた人々は一人として五体満足な者がおらず、レジスタンスの看護兵だけでなく、レーベンヒェルム領の海兵隊さえ動員した緊急治療が行われていた。

 そして犠牲者のひとりである、最下層の牢から救出された瀕死の男が、クロードとの面会を申し出ていた。


「そうだ。二人は、ぼくと入れ替わりに、ソーン領南部山中にある魔術塔”野ちしゃ”へと移送された……」


 クロードは彼を見た瞬間、もう長くないと理解した。

 男は、片目を砕かれ、両手足をもぎとられた上に、達磨となった胴体には呪いの文様をあますところなく刻みつけられていた。加害者の悪意が見る者すら抉るようだ。

 治癒の魔杖を複数繋げて、生命維持装置として機能させているが、彼の命の灯火は今にも消えてしまいそうだ。


「ぼかぁ、マラヤディヴァ人だけど、楽園使徒の元幹部でね。こうして牢に放り込まれるまでは、人の道から外れた真似をたくさんやってきた。だから死んじまうのも仕方ないのかな」

「馬鹿野郎、ちょっと待ってろ。いまどうにかして」


 クロードは瀕死の男の肩を掴んだ。呪いの文様から黒い影が生じ、まるで蛇のように牙をむいた。義手だけでなく上半身にも噛みつかれたが、今まさに尽きようとする命の前では痛みなど気にならなかった。奥歯を噛みしめて、治癒の魔術文字を綴る……。


「ハハッ、こいつは驚いた。あのクローディアス・レーベンヒェルムがこんなぼくに触れるのかよ。なにが正義でなにが悪かなんてわかりゃしない。間違った、ぼくはまちがった。いそいでくれ、オズバルト・ダールマンがもうすぐやってくる……」


 今際の瞬間。黒い蛇がクロードの右肩と男の臓腑ぞうふをえぐり、瀕死の男は事切れた。


「おい、待てよ。目を開けろ」


 もう息がないのを知ってなおクロードは治療を試みようとしたが、アリスとミーナによって遺体から引き離された。


「クロード、駄目たぬ。これ以上はやめるたぬ」

「もう眠らせてあげましょう」

「でも、まだっ」


 男が死んでも呪いは消えない、文様から生じた影は無数の蛇となってクロードたちを追うも、ミズキが聖水をかけた鋼糸で断ち切った。彼女はナイフを振りかざし、男の心臓を貫いたのち、魔術文字を刻んで呪いを終わらせる。


「クロードさん。こいつは覚悟を決めてたんだ。姫さん二人を救出するのが供養だよ」

「だが厄介だぞ。魔術塔”野ちしゃ”といえば、断崖絶壁の高地に建つ屈指の難所だ。強風ゆえに飛行魔術で接近することも出来ず、近づくには山を大きく回り込んだ一本道を使うしかない」

「それだけじゃない。オズバルト・ダールマンが本当にやって来るのなら。まずいね、こりゃ……」

「ミズキよ、誰なのだ。そいつは」


 チョーカーの問いに、ミズキは苦虫でも噛み潰したようなしかめ面で答えた。


「緋色革命軍とも繋がりがある男でね。西部連邦人民共和国粛清部隊のひとりで、”処刑人”の称号を与えられた凄腕の盟約者。クロードさんやメイドと同じ、鋳造魔術の使い手さ」

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