第177話(2-130)悪徳貴族と秘密同盟
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)一ニ日。
奇しくも緋色革命軍司令ゴルト・トイフェル、マグヌス・ソーン侯爵、トビアス・ルクレ侯爵の三者が船上で同盟を宣言した港街ヴィータで……。
クローディアス・レーベンヒェルムと、アマンダ・ヴェンナシュは、仲介の立て役者であるアンドルー・チョーカー立ちあいのもと、レーベンヒェルム領とルクレ領・ソーン領残党レジスタンスの間に秘密同盟を締結した。
アンドルー・チョーカーが帰還し、レーベンヒェルム領という後ろ盾を得られたことをきっかけに、レジスタンスは一大反攻作戦を練り始める。
レジスタンスは
監獄島と化したアルブ島を攻略することで、エステル・ルクレ、アネッテ・ソーン、両侯爵令嬢を救出し、二領解放作戦の旗頭にしたいというのがレジスタンスの要望だった。
しかし、クロードはアマンダとチョーカーから説明を聞いて疑わずにはいられなかった。
「アマンダさん、チョーカー隊長。水を差したいわけじゃないが、二人が孤島にいるのはおかしいんじゃないか? 楽園使徒にはまともな海軍がないんだぞ。失えば致命傷になる切り札を、そんな危険な場所へ隠すか?」
「考えすぎだ。クローデ……、コトリアソビ。そもそも連中がお前の様に真っ当で合理的なことを考えると思うか?」
「う、それは、まあ」
楽園使徒の統治は、事実上、
トビアス・ルクレがボルガ湾で大敗し、マグヌス・ソーン(バンディット)がドーネ河で戦死した後、二領は有力者や豪族たちによる内部抗争で無茶苦茶になった。潰し合いの果てに、西部連邦人民共和国からの援助を受けた楽園使徒が勝利をかすめとったものの、彼らには行政のノウハウがない。
クロードは、ほんの一年と少し前のレーベンヒェルム領を思い返してみた。
役所も軍隊もなかった当時、クロードはアンセルたちの伝手でかつての勤務経験者や職員を集め、共和国企業連を代表とする経済界とのパイプを繋いだ。
そして祖霊信仰の巫女であるソフィやヴァン神教ら宗教勢力の力を借りて民心を安らかにし、アリスが愛らしさを振りまきながら
つまるところ、クロードは既存の勢力を重んじて協力を仰ぐことでこれまでやってきた。共和国の意をくんだ代官や企業も取りたてたため、先の内乱を含め足をすくわれかけた経験も多い。だが、彼らの中にもクロードに好意的な者や、利害の一致ゆえに協力を惜しまぬ集団は確かにいるのだ。
もしも、彼や彼女の力を借りず、従来の統治機構を考えもなしに破壊したらどうなるか……。あとには、ゴミの山と、先代統治下のレーベンヒェルム領が如き荒野しか残るまい。
「ハサネが予想していた通り、楽園使徒は限界なんだな……」
「楽園使徒の指導者どもは政治も軍事もずぶの素人だ。コトリアソビが指摘した通り、やつらには動かせる海軍がない。かつて精強をうたわれたルクレ領海軍も、ボルガ湾で中核艦隊を失って残された船も四散した。つまり、今こそ攻勢に、否、大攻勢に出る絶好のチャンスなのだ。なぁに、失敗しても高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に戦えば問題ない」
いや、だからそれは行き当たりばったりだろ、というツッコミをクロードは必死で自重した。
「そもそも、この作戦は楽園使徒の圧政から民衆を救済するという崇高なる使命を実現するためのもの。我々レジスタンスが大義にもとづいて行動すれば、領民たちの喝采と声援を受けて、勝利の旗がたなびくこと疑いない!」
やめろ、それ以上敗北フラグを重ねるな。マグヌス・バンディットも似たようなことを言って負けたと、アーロン爺さんが言っていたぞ。
そう、クロードが胸の中の言葉を吐きだす前に、アマンダがチョーカーをフォローした。
「辺境伯様。実は私達レジスタンスもやられっぱなしで、支持を広げるきっかけが欲しいのさ。なんらかの勝利を得なきゃ、蜂起する前に瓦解しちまう。それに情報は確かなものだよ」
「わかりました。……チョーカー隊長。作戦に必要な武器と食糧はどうするんだ? レジスタンスが隠し持っているのか」
「余分な武器や食糧なんてあるわけないだろう。現地調達するに決まっている。アマンダ殿、若い衆を四人借りてゆくぞ。コトリアソビ、見せてやるからお前も顔を隠して来い」
「はい?」
チョーカーは、ソーン領の軍服を着た青年四人とクロードを連れて港湾都市ヴィータにある駐屯所に向かった。そこで命令書を提出して係官となにやら話すと、武器と食糧を山積みにした馬車が四台も用意された。
「
「うむ。御苦労」
レジスタンスの青年たちは、四台の馬車に乗るや走り去っていった。
チョーカーは彼らを見送ると、あっけにとられたクロードを連れて港へ向かって歩き始めた。
しばらく散歩して時間をつぶし追っ手がないことを確認した二人は、裏路地へと入って何度も角を曲がりながら進み、やがて寂れた倉庫の前へと出た。
そこには先ほど駐屯所を出た四台の馬車が停められ、朝から姿を消していたミズキとミーナがレジスタンスの青年たちと物資を検分していた。
「いったい何をやったんだ、チョーカー隊長? あの係官はひょっとしてレジスタンスの一員なのか?」
「ふはは。そんな足のつく真似をするものか。先ほど係官に渡したものは小生が偽造した命令書だ。楽園使徒代表アルフォンス・ラインマイヤーの署名入りのな。レーベンヒェルム領に関わる特殊作戦のため、懲罰天使が緊急に物資が必要になったと用意させた。なぁにまるっきりの嘘というわけではない。単に敵味方が違うだけだ」
「なんて大胆な。いや、バレるだろう!? すぐに報告が上がって……」
慌てるクロードの前に、ミズキがまるではねる毬のように跳躍して着地した。
彼女は物資の中から見つけたらしい棒菓子をクロードの口に押し込むと、片目をつぶってウィンクする。
「大丈夫大丈夫。楽園使徒は共和国と同じで、ううん、それよりもいい加減なのさ。中抜き、背信、横領なんて当たり前。どんなおかしい命令だって上には逆らわないし、逆らえない。でたらめの数字ばかりがまかり通るから真実なんて誰にもわからない。
「念のために朝からミーナ殿とミズキも潜入させていたのだが、不要だったようだ。物資がこうも容易く手に入るとは、幸先が良いぞ!」
「レーベンヒェルム領じゃ、剣一振りどころか矢一本まで厳重に管理されてたからね。装備をかき集めるのにすっごく苦労したんだよ。山賊や闇商人を襲ってちょろまかしたり、しまいにはマクシミリアンの手先から奪ったりさぁ。あそこまでルールルールって縛られちゃ、スパイだって息がつまっちゃう」
「おかげで慣れないマスケット銃を主力に戦う羽目になったからな。悪党よ、やはりお前が悪い」
おかしい。チョーカーとミズキの言っていることは、何もかもがおかしい。
クロードは何度もツッコミを入れようとしたが、口が棒菓子で埋まっていて叶わなかった。
結局出た言葉は――。
「ゴホゴホッ。この色惚け隊長、やっぱり有能だな……」
というチョ-カーへの賞賛だった。
「チョーカーさん。確認終わりました。後は船に運ぶだけです」
ミーナがぶんぶんと手を振っている。チョーカーも笑顔で応えたが、不意に彼の顔色が変わった。
「ところでコトリアソビよ」
「うん?」
「船の手配を忘れていたので、貸してくれ」
チョーカーの発言に、クロードだけでなく倉庫の中が一瞬静まり返った。
「このっ色惚け隊長、本当に行き当たりばったりだな!」
「違う。これはコトリアソビの胃を痛めつけるべく計画した嫌がらせなのだ。さすが小生、なんという深謀遠慮か」
「こんなのが隊長で、なんで暗殺作戦はあそこまでうまくやれたんだよ!?」
「あたしとミーナちゃんがすっごく頑張ったの。ところでクロードさん、今食べた棒菓子、あたしの食べかけだったんだけど、アリスちゃんやあのメイドさんに話しちゃおうっかなあ……」
「なっ、はめられたっ」
廃れた倉庫の中で、クロードの悲鳴がむなしく響き渡った。
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