第94話(2-48)三者同盟

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 マラヤディヴァ国ヴォルノー島の北東に位置するソーン侯爵領と、ルクレ侯爵領。

 十賢家と称されるほどの大貴族でありながら、両家が緋色革命軍マラヤ・エカルラートと同盟を結び、マラヤディヴァ国を裏切った理由は、極めて利己的なものだった。

 マグヌス・ソーン侯爵は、お家騒動で他の親族を殺害、あるいはアネッテ・ソーンのように追放し、当主の座を力ずくで奪ったものの、浪費が過ぎて領の財政は火の車だった。

 またトビアス・ルクレ侯爵は、西部連邦人民共和国の圧力に屈し、多くの共和国人を政治中枢に招き入れたものの、彼らの指導を仰いだ政策がことごとく失敗し、共和国から多額の借金を背負ったことから、領内は食い詰めた領民たちの相次ぐ一揆によって大混乱に陥っていた。

 マグヌス・ソーン侯爵も、トビアス・ルクレ侯爵も、苦境を乗り越えるため、切実に財貨を必要としていたのだ。


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)八日早朝。

 緋色革命軍司令官ゴルト・トイフェルは、西部連邦人民共和国が売却した元ルーシア国巡洋艦『海将丸』に乗船し、ソーン侯爵領の港町ヴィータを訪れた。

 緋色革命軍司令ゴルト・トイフェル、マグヌス・ソーン侯爵、トビアス・ルクレ侯爵の三者が『海将丸』の船上で会合したことから、後世において『船上会盟』とも呼ばれる同盟の締結によって、『緋色革命軍の反乱』は『マラヤディヴァ国の内戦』へと規模を拡大することになる。


「我らが一の同志ダヴィッド・リードホルムの志と、賢明なる両侯爵の決断によって、今日という歴史に刻まれる日を迎えられたことを感謝したい」


 ゴルト・トイフェルは、陽に焼けた顔を辛子色の前髪で隠し、心にもない美辞麗句を並べ立てた。同じ国民を虐殺したテロリストに頭を垂れるソーン侯爵とルクレ侯爵は、彼にとって最も憎んだ叔父シーアンやアーカムを連想させる下衆な手合いであった。だが、ゴルト個人の心象はどうあれ、ダヴィッドやレベッカたちにとって、三者同盟が果たす役割は大きかった。

 

「我々の同盟が成立した今、賊軍に過ぎない十賢家の残党など、もはや恐れるに足りない。精強な騎士団を有するソーン侯爵領と、この巡洋艦『海将丸』を購入したルクレ侯爵領には、まずマラヤ半島の統一に助力していただきたい」


 しかし、ゴルトの提案は、マグヌス・ソーンとトビアス・ルクレ両侯爵によって拒否された。


「ゴルト殿、ルクレ侯爵。我々には、崇高なる革命の理想に従って、より早く排除すべき敵がいるはずだ」

「ソーン侯爵の言われる通りだ。悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルム。あの反革命分子から、愛すべき無辜の民を一刻も早く解放しなければならない」


 ゴルト・トイフェルは、マグヌス・ソーンとトビアス・ルクレの反応を予想していた。

 ろくでなしの貴族二人は、己が失策から失った財貨を、同じ国民であるはずのレーベンヒェルム領民から奪い取ろうともくろむ山賊の親玉に過ぎなかった。


「おいは一度戦ったからわかる。レーベンヒェルム領軍総司令官セイは侮れない将軍だ。緋色革命軍がマラヤ半島を制圧するまで、かく乱するにとどめ、大規模な衝突は避けて欲しい」


 ゴルトが両侯爵へ思わず告げた忠言は、上っ面のものではない、本心からのものだった。

 しかし、マグヌス・ソーンは神経質そうな顔をゆがめ、トビアス・ルクレはハイエナのように欲深く目をぎょろつかせて、けらけらと笑うばかりだった。


「国都クランを陥落せしめた猛将、ゴルト殿ともあろう方が、なんと気弱なことをおっしゃる。銀髪の美しい乙女など、いかにも余人が持ちあげそうな偶像ではないか? 所詮は、けれん、はりぼての類にすぎぬ小娘よ」

「ソーン侯爵の仰る通りだ。赤い導家士がごとき賊徒を鎮圧した? 山賊を率いる愚将に勝利した? そんなものは武勲とも呼べぬお遊びにすぎない」

「さすがはルクレ侯爵、見事な御慧眼。ゴルト殿、心配なさらずとも、冒険者がごときならずものを集めた烏合の衆など、厳しい訓練に耐えてきたソーン領騎士団が粉砕してみせよう」

「おやおや、忘れてもらっては困る。一番槍を務めるのは、この『海将丸』を得たルクレ領艦隊だ。船全体に金属装甲を施した巡洋艦と、木製商船を改装した急造軍船との違いをご覧あれ」


 ゴルトは、胸中で深いため息をついた。

 実情はどうあれ、同盟を締結した三者は同格であり、両侯爵の意図を無下にはできなかった。

 結局、大規模な騎士団を有するソーン侯爵領が南から陸路で侵攻し、ルクレ侯爵領が『海将丸』を中心とする艦隊で北海側の通商破壊作戦を試みることで、レーベンヒェルム領をけん制するという戦略をまとめて会談は終了。正午には、同盟締結と他十賢家への宣戦布告が為された。

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