第95話(2-49)金鬼と暗殺人形

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「……糞娘子クソジャリ、いるんだろ? 出てこい」


 甲板では勝利を祈念する宴が始まり、船内では水夫たちが出航準備を急ぐ中、ゴルトは船倉の武器庫に入るや、船上でちょろまかした蒸留酒の瓶に口をつけて呟いた。


「はいさ。あたしに何かお仕事かい?」


 薄桃色がかった金髪をサイドテールに結わえ、緋色革命軍の水軍服に袖を通した少女が、天井付近の物影から不意に姿を現した。


「西部連邦人民共和国が押しつけてきた監視役であるお前に頼むのもなんだがな。このまま『海将丸』に乗って、トビアス・ルクレを守ってやってくれ。あのオッサン、実戦、いや略奪に参加するんだとよ。ちっとは年寄りの冷や水という言葉を考えろってんだ」


 桃色髪の少女は、年齢以上に大人びた発育の良い胸を揺らして、ゴルトの前に着地した。


「普通に考えたら、金属装甲の軍艦と木造商船じゃ勝負にならないと思うけど……」

「クソジャリ。お前の考える普通の将軍とやらは、百人で千人の兵隊を打ち破れるか?」

「……普通じゃあ、ないね。確かにそんな指揮官がいたら厄介かも」


 ゴルトは、愛らしく小首を傾げる少女を見ながら、酒を喉に流し込んだ。

 彼女は、西部連邦人民共和国が緋色革命軍へ支援物資と共に送りこんできた監視役だ。

 まだ十代前半に過ぎない少数民族出身の少女は、なんらかの研究所が保有する特殊部隊に属しており、名前が――ない、備品の一種なのだと告げた。

 ロットナンバーの№3ドライとでも呼んでくれればいいよ、と少女は言ったが、ゴルトは人間を数字で呼ぶなど冗談ではなかった。そして、監視役にわざわざ名前を付けるほど酔狂でもなかった。否、遠からず戦場で朽ち果てるだろう己が、未来ある少女に対し、そんな役目を背負いたくなかった。


(共和国に潜ませた間諜スパイから、冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトが、似たような状況で工作員を娘として引き取ったと風の噂で聞いたが、そんな真似、血塗られた道を行くおいにはできない)


「さっきから見ていたが、こいつらの軍制は古すぎて使い物にならん。もしもトビアス・ルクレが戦死や捕虜にでもなれば、同盟に致命的な亀裂が生じる……」

「というタテマエで、ホンネは?」


 嫌な小娘だとゴルトは顔をしかめる。

 名前のない小娘は、学があるわけでもないし、智慧ちえが回るわけでもないが、恐ろしいほどに鼻が利いた。

 だからこそ、彼は少女をこう呼ぶのだ。クソジャリと。


「トビアス・ルクレというオッサン、典型的な売国首長でな。領民たちが納めた血税を外国への賄賂だの接待費だのに使って、そればかりか、自領の教育機関が不足しているにも関わらず、わざわざ多額の税金を投じて一等地に外国人学校を作るようなロクデナシなわけだ」

「ああ、いるよね? コクサイシンゼンだとか言って、税金を自分の財布代わりにするヤツ。ルクレ領って、そんなにいっぱい外国籍の子供がいるの?」


 そうであるならば、まだしも理屈に合うのだが、違うことをゴルトは知っていた。


「……現状で定員割れだ」

「いらないじゃん?」

「だからルクレ領は傾いてるんだよ。が、ともかく少数はいるわけだ。中には共和国人のガキだって混じってる。あのオッサンが死んでくびきが外れ、騒乱にでもなってみろ、後味が悪いじゃないか」


 どれだけ多数の人間を不幸にして、どれだけ多数の人間を殺したか、ゴルトにはもうわからない。

 ゆえに、偽善だ。大嘘つきの犯罪者のテロリストだ。それでも……同国人の子供を巻き込みたくない、という愛情は真実ではあった。


「ア、アハハッ。オーケーオーケー。いいよ、お兄さん。あたしは、他に何をやればいい? トビアス・ルクレ侯爵を骨抜きにでもしてこようか?」


 ゴルトは、涙ぐみながらお腹を抱えて笑う少女を横目で見た。


「おい……」

「そ れ と も、子供大好きロリコン司令官様が、直々にお相手してくれる?」

「クソジャリ、お前、よそに恋人がいるって言っていたよな。大人をからかうのもほどほどにせい」

「ちぇっ」


 桃色髪の少女は悪戯っぽく笑うと、緋色のズボンに包まれたお尻をゴルトへみせつけるようにふった。そうして、無造作に床に積み上げられた、木と鉄を組み合わせた棒状の武器を掴むや、跳躍して天井へとはりついた。


「クソジャリ。……ルクレ領に売りつけはしたが、そいつは劣化複製デッドコピーにも満たない贋作かいぞくばんだ。使い物にならんぞ」

「いいんだよ、あたしはこいつが気に入った。クローディアス・レーベンヒェルムってオトコは、ずいぶんと面白いものを作るじゃないか」

「クソジャリ。――”死んだら”帰ってこなくてもいいぞ。恋人の元へ向かおうと、悪徳貴族に寝返ろうと、お前の死亡届だけはちゃんと本国に送っておいてやる」


 仏頂面したゴルトの言葉に、桃色髪の少女はわずかに目を見張り、ちょろっと舌を出して、はにかむように微笑んだ。


「帰ってくるよ。アンタもいいオトコだもん。あたしの知る限り、五番目くらいかな?」

「微妙に低いなッ。オイ、一番目とか二番目とかじゃないのか?」

「残念。その席はずいぶん昔に埋まっちゃったのさ」


 少女は手を振って消えて、静寂の戻った武器庫で、ゴルト・トイフェルは瓶に残った最後の酒精をあおった。


「これで監視の目は外せたか。しかし、あんな年端もいかない子供ジャリを使うかよ。本国の連中は、昔も今も変わらずろくなことをしないっ……」

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