第236話(3-21)悪徳貴族と驚愕の事態
236
「ショーコちゃんはこれを着て。クロードくんは服をつくって!」
「わかった。この下着はどうしよう?」
「こっちへちょうだい。わたしが乾かすよ」
ソフィがショーコに上着をかけてなだめている間に、クロードは鋳造魔術で簡単なチュニックとレギンスを作った。
「その、ショーコさん。趣味は尊重すべきだと思う。でも、ダンジョンの最下層で
「クロードくんっ!」
「この
「温泉だって?」
ソフィとショーコに左右の腕をつねられつつ、クロードが遺跡の奥へと進むと、洞窟の一角にむせかえるような
匂いからしても、硫黄泉なのだろう。区画一帯は黄土色の結晶で彩られ、湧き出る湯は無色透明ながらも、広がるにつれて白色そして土色へと染まってゆく。
岩場からあふれ出た湯は、洞窟を流れる海水と入り混じりながら散っていった。
クロードが触れるとじんわりと温かい。熱風呂好きにはやや物足りないが、身体を温めるには充分だろう。
「これは圧巻だな……。使わせてもらおう。ソフィ、ショーコちゃんと先に入ってくれ。僕はあの岩場の陰で見張りをしておくよ」
「先にいただいていいの? 呪符と鋳造魔術があるから、きっと一緒に入っても大丈夫だよ」
「てけリリリリリリリッ!!」
ソフィが提案すると、ショーコが荒ぶって、どこから出してるのかわからない声でクロードを
「こほんっ。私はもう入ったからいいわ。クロードみたいなおエロいひとを放置なんてできません」
「ちょっと待ってくれ。おエロいひとって、その評価はあんまりだろう。ショーコさんこそ下着が……」
「なに文句でもあるのかしら? この前会ったアリスちゃんがすっごく可愛かったから、話を聞いて私もイメチェンしたの。いきなり変えるのは怖いから、まず見えないところから変えてみたのよ」
「一理あるな。僕も試しにブーメランパンツを、いや、部長を見習ってふんどしという選択もあるか」
見えないところを変化させてもイメージチェンジにならないだろう、という常識的な発想は、クロードとショーコには望めないようだった。
「クロードくん。帰ったらショーコちゃんと一緒に買い物へ行こうね」
「いいね。ソフィ、グッドアイデアだ」
怪物災害後は飛躍的に改善されたとはいえ、クロードが極端にかぶいたセンスの服を着ないよう、ソフィたちは順番に買い物へ同行することにしていた。デートも楽しめるし、それはそれで一挙両得だったのだ。
「え、いいの? お邪魔じゃない?」
「ううん。最近、領都に新しいお店が増えたんだよ。色々見て回ろうね」
ソフィの声がわずかに遠くなり、水音も小さくなった。入浴を始めたらしい。
ショーコは近くの岩場に腰かけて、隣に座ったクロードの顔を伺うように仰ぎ見た。
「ふーん」
「どうしたんだ?」
「べーつに。死相が抜けて、ちょっとはマシな顔になったかなって。たらしに何があったかなんて興味ありません」
その評価は不本意だと思ったが、クロードは否定できなかった。
どうにもおかしなことになっていて、彼自身が戸惑いながらも足踏みしている自覚があったからだ。
「ところで、よくこんな所まで来られたわね」
「テレポートトラップで飛ばされたんだよ。ショーコさんは……、ルンダールの町で言っていた、ラボのある海底地下遺跡ってここのことなのか?」
「いいえ、東にある機能停止した遺跡よ。このダンジョンにはずっと入れなかったのだけれど、一週間ほど前に突然結界が弱まったの。だからイルカちゃんに乗って調べに来たんだ」
なるほどと、クロードは
遺跡の封印を解いたことで、イル……サメ型ゴーレムによる来訪も可能になったのだろう。
「クロード。帰りは私が送って行くから、お風呂が終わったら離れた方がいいわ。この最下層にはなぜか近づかないけれど、とても危険な竜が住み着いているのよ」
「火竜のことか、あいつなら三日前に僕たちが倒したよ」
「うそっ。昨日泳いでいるのを見たわよ。頭と片翼が無くて何事かと思ったけど、あれはクロードたちがやったの?」
「なんだって!?」
クロードは衝撃のあまり腰を浮かして足をすべらせ、ひっくり返った。
「あいつ、首を落としても生きてるのかよ!?」
クロードは驚きながらも、さもあらん、と心のどこかで納得していた。
あの火竜は、≪核≫たる心臓を半ば失っても生きていたのだ。完全に破壊しなければ、決して滅ぶことがない。
「ショーコさん、悪いけど帰るのは後回しだ。あの火竜を倒すなら弱っている今しかない。ここで逃したら、どれだけの被害が出るかわからない」
「そう。だったら私が手伝ってあげる!」
ショーコはにんまり笑って胸を張り、人差し指を振った。
「こんなチャンスないわよー。たっぷり感謝して御礼をはずみなさい。そうね、スイーツとかお勧めよ」
「霜雪の月(二月)に屋敷の冷蔵庫から、プリンとパイとケーキとマカロンが消えていたのはひょっとして君の仕業か?」
「……ごめんなさい。おせんべいと団子とイモ餅とシロップ漬けを食べたのも私です」
「太るぞ」
いくらなんでも食べすぎである。
「……ぐすっ、えぐっ」
「お湯あがったよー。クロードくん、なんでショーコちゃんを泣かせてるのっ!?」
「待ってくれ、僕は悪くない」
風呂上がりの柳眉を逆立てるソフィをどうにか説得し、クロードもまた汗と汚れを温泉で流した。
そして二人はショーコに案内されるがまま、火竜の住み処へとやってきたのだが――。
「まさかの沈没船かよっ」
火竜が泳いで入ったという場所は、石化した沈没船だった。
「クロードくん、船名を見て。古代文字でエーデルシュタイン号って書いてある」
「なんてこったい」
よりにもよって千年前に沈んだという、伝説と同じ名前の船である。
(ササクラ・シンジロウは、ここでいったい何を見つけたんだ?)
クロードの背筋に冷たいものが走った。
もしも千年の昔からダンジョンに取り込まれていたのなら、どんな罠があるかわかったものではない。
クロードとソフィは船体に空いた大穴の前で、入念に聞き耳をたて、呪符を取り出して気配を探り始めた。
「何をまごまごしているの。さあ、早く探検しましょう」
が、そんな二人を尻目に、ショーコは大胆にも船内に踏み入った。
その瞬間、天井と足場から血のように赤い体色の巨大な肉塊がせり出して、不注意な犠牲者を包み込むように喰らいついた。
「……はいいっ!?」
「ショーコちゃん、今助けるからっ」
クロードとソフィは、入り口に罠を張っていた怪物――。
おそらくは食虫植物に類似した人食い植物へと切りかかり、巨大な葉を落とし、人間三人分はあるだろう太い茎を裂いた。
人食い植物とて黙ってはいない。グロテスクな見かけとは裏腹に、怖気がするほど美しいチューリップ状の花弁から、霧のように濃い黄色い花粉をまき散らした。
「いけない。解毒符を張るね」
「いいや焼きつくす。ソフィはショーコの救出を!」
クロードは火車切を使って花粉を焼き払い、雷切を盾に四方から襲い来るツタを阻んだ。
ソフィはそのわずかな隙を逃さず、薙刀で肉塊をこじ開けて、どうにかショーコを引っ張り出す。
「クロードくんっ。強化いくよっ」
「頼む」
ソフィの力で活性化した火車切が、刀身に燃え盛る火柱をまとう。
クロードは器用に炎の大剣を振り回して、巨大な人食い植物をまっこう
「これで終わりだ」
「ショーコちゃん、怪我はない?」
助け出されたショーコは息を荒らげる二人を見ながら、どこか寝ぼけたような顔でこう言った。
「わあ、びっくりしたぁ」
クロードとソフィは、瞬時に目配せをした。
”
反面、入浴中に衣服を流して素裸で歩き回るように、およそ危機意識に欠けている。
おそらく遺跡探索の経験は、一般の冒険者どころか、マルク侯爵やガブリエラ女史にも及ばない。
((まったくの初心者だこの子――!?))
--------------------------------------------------------------------------------------
☆スライム状態なら、超ベテランです
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます