第29話 悪徳貴族、再び古代遺跡へ

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 退院したアンセルとヨアヒムを迎え、二人の快復を喜んだクロード達だったが、その直後、とんでもない知らせが飛び込んできた。

 役所の庭で鳩にパン屑をあげていたイスカが、急にとてとてと走ってくると、クロードの裾を引いたのだ。


「おにいちゃん。いま、パパがね。ファヴニルとひきわけたっていってたよ。あのジャリュウも、しばらくうごけないだろうから、もう三日くらいのんびりしなさいって」


 それを聞いたクロードは腰を抜かしてしまい、レアはすぐさま首都クランへと事実確認の使いを走らせた。

 アンセルとヨアヒムが両腕を支えて、えっちらおっちらクロードを領主執務室まで運び込み、作戦会議が始まった。


「辺境伯様。転移魔術で直接聞きに行きます? イスカちゃんを返しにいくって理由もちゃんとありますし」


 ヨアヒムの提案は、即時、レアに却下された。


「反対です。領主様はファヴニルの盟約者です。もしものことがあってはいけません」


 イスカは膨れていたが、契約神器を破壊する上で、先にパートナーを始末するという手段も考えられなくはない。

 クロードは無言で俯いたまま、深呼吸して魔術文字を綴った。小さな風が部屋の中を回るように吹き抜ける。

 足腰に力が戻り、クロードはゆっくりと椅子から立ち上がった。


「魔法が使えるようになった。ファヴニルとの契約も生きている。イスカちゃんの言うとおりだろう。戦いは終わったんだ。僕の手出しできない場所で……」


 クロードは椅子に腰掛けて目を閉じた。ほんの数分間だが、失神していたのかもしれない。


(生き残った。生き残ってしまった。僕も、ファヴニルも。ならば、為すべきことはなんだ? ――決まってる。レーベンヒェルム領を再興して、あの悪魔を討ち滅ぼす!)


「イスカちゃんは三日間預かろう。ニーダル・ゲレーゲンハイトの状況は、まだ危険なのかもしれない。だとすれば、約束を果たすのが、僕が彼に応える第一の責務だ」


 この時、クロードは重傷を負いながらもファヴニルの手勢と死闘を繰り広げる戦士に畏怖を抱き、イスカはきれいなおねーさんとベッドの上でプロレスごっこしているだろう父にためいきをついていたが、二人とも互いのイメージを口に出すことはなかった。


「アンセル。病み上がりですまないが、二階の職員たちを率いて、役所を再開する準備を頼む」

「おまかせをっ」


 切りそろえたトウモロコシ色の髪の下で、緑色の瞳に強い意思をこめて、アンセルはそばかすの浮いた頬で力強い笑みを浮かべた。


「ヨアヒムは、臨時の保安官に任命した班の指揮を頼む。一階のマラヤディヴァ国警察機動隊と協力して、治安維持につとめてくれ」

「了解しやしたっ」


 ソフトモヒカンをばっちり決めて、ヨアヒムは青錆色のサングラスをムダに光らせてキメ顔をつくる。


「そして、僕は――」


 丸まった猫背を伸ばし、黒目の小さな三白眼を見開いて、クロードは腹の底から大きな声を出して宣言した。


「同じ間違いは繰り返さない。レーベンヒェルム領の民衆の生命と財産を、テロリストや外敵から守るためには、相応の軍事力が必要だ。抑止策として、僕は昨日見た虎を我が領に迎えたいと思う!」

「「「「ええええええっ!?」」」」


 そんな常識はずれの発言に、アンセル達の絶叫が執務室の中を響き渡った。



 ファヴニルの魔法を使えるから、虎を探すのは一人で大丈夫! と言い張ったクロードだが、残る全員の反対を受けて、ほうほうのていで引き下がった。


「クロードくんが、独りで古代遺跡ダンジョンに潜るなんて、死にに行くようなものだよ。わたし、絶対についていくから」

「ダメダメのすっとこどっこいな領主様があの虎を説得する? 冗談は顔だけにしてください。私もメイドとして同行します」

「おてつだい、がんばるね!」


 と、言いだしっぺのクロードを眼中にもいれず、ソフィ、レア、イスカの三人は、意気揚々とまだ使えそうな装備を見つくろい始めた。


「あの、僕は領主だよね。なんで、こんなに扱い悪いの?」


 忘れさられたクロードは、とりあえず水や携帯食ほかの荷物を用意したあと、二階広間の隅の方へ体育座りで座り込み、”の”の字を人差し指で描きながら、ぶつぶつと呟いていた。


「お嬢ちゃんたちは、辺境伯様を心配してるんです」

「ダンジョンをなめちゃいけません。ソロで潜るなんていけませんよ」

「なんならあっしもついて行きましょうか。いいや、それもレアちゃんとソフィちゃんに悪いしなあ」


 挙句の果てに、元冒険者あがりの職員たちに諭される始末であり、クロードの蜂起を乗り切ったことによるなけなしの威厳は、見事に粉砕されたのだった。


「クロードおにいちゃん、だいにんきだねっ」

「頼りないけど、一生懸命なところ、ちょっとずつ皆に知られてきたんだよ」

「大切な主です。メイドとして支えなければ」


 そんなわけで、クロードは黒い獣皮の鎧を身につけて短剣を腰に差し、ソフィは濃緑色の布鎧を着て薙刀を背負い、レアはいつものメイド服にはたきをもって、イスカは大八車いっぱいにのせた弩をクロードに引かせて、四人はレーベンヒェルム領辺境の古代遺跡へと転移、黒い大型虎の探索を始めた。


「いいかい。イスカちゃん、古代遺跡の中は危険に満ちている」


 入口から続く洞窟の中を、カンテラで照らしながら、クロードが、まるで河童に水練を説くような、無謀な教訓を語り始めた。


「たとえば、あの岩の陰に隠れた黒い水たまりのようなもの。あれはスライムという、とても危険なモンスターなんだ」


 イスカは、不思議そうに、目をぱちくりと瞬かせている。

 レアとソフィは、何を言っているのかと頭を抱えていたが、余裕のないクロードは気付かなかった。


「勝負だ。我が好敵手ライバル……」


 クロードは、短剣を抜き放ち、足音を忍ばせてスライムに近づいてゆく。

 スライムがライバルなんだ? とか、ファヴニルはいったいなんだったの? といったひそひそ声が後方から聞こえたが、雑念に囚われてはいけない。


(あとすこし、もう一歩っ)


 じゅるり。と、スライムがうごめいた。


「とりゃああっ」


 叫びと共に力いっぱい切り込んだクロードだったが、勢い余って空振りし、見事に攻撃を外してしまった。

 更に運悪くというか、ちゃんと索敵しておけというか、天井からスライムの群体が滑り落ちてきて。


「ぎゃあああっ!」


 じゅるじゅるりと、クロードは見事、スライムの群れに飲み込まれてしまった。


「レアちゃん。クロードくんって、ひょっとして成長していないんじゃ……」

「一瞬だけ、格好良かった瞬間もあったんです」

「そうなのっ? 見たかったなあっ」


 レアは、大きく息を吐いた。

 テロリスト集団、赤い導家士どうけしと農園で戦った際に、クロードは刀を使って獅子奮迅の活躍を見せた。

 とはいえ、不格好ながらも戦えた理由は、どうやら構えから技に至るまで長時間みっちりと指導を受けていたからのようだ。叶うならば、そもそも後衛の魔術師が、前衛でチャンバラしないで欲しいのだが――。


「クロードおにいちゃん、いまたすけるよっ」


 毎度のことで、つい放置してしまった侍女と女執事を尻目に、イスカは鋼糸を繰ってスライムを寸断し、ナイフで核ともいうべき中心部をえぐりとり、破壊してしまった。


「あ、あれ? あれれ?」

「クロード様。イスカちゃんは、大陸最高峰の冒険者、ニーダル・ゲレーゲンハイト卿の相棒サイドキックだよ」

「おそらく、遺跡探索にも慣れているのでしょう」


 そのあとは、イスカの独壇場、否、――独演場だった。

 洞窟を進み、らせん状の階段を降りて、人工的な灰色のアーチや、倉庫のような区画が立ち並ぶ迷路を、イスカは先頭に立って進んでいった。


「ソフィ、以前、教えてくれたよな。攻撃を受け止める重戦士タンクとか、遊撃する軽戦士アタッカーとか……。イスカちゃんの場合、どうなるんだ?」

「わ、わかんない。ごめんね、クロード様」


 本当は、聞くまでもなく、クロードには該当する単語がわかっていた。

 きっと、ソフィだって、口に出来なかっただけだ。


(これじゃあ、まるで殺戮者ジェノサイダー……)


 遺跡内で待ち受ける怪物モンスターを発見するや、急所に一撃必中の矢を撃って、ものの二、三コーツとかからずに撃滅し、次の区画へと向かう。

 ニーダルから教わったのか、イスカは遺跡内部で製造されたらしいマジックアイテムも次々と発見し、大八車はもはやぎゅうぎゅうの鮨詰め状態だった。


「六まいどうかのうたを うたおう

 ポケットには いっぱいのライむぎ

 パイのなかには やかれた二四わのクロツグミ」


 遠方から肉を裂く、糸を吐きかけてくる巨大グモを、イスカは弩の矢で撃ち落とし――。


「パイをあけたら ことりたちがうたうよ

 なんてすてきなこのりょうり おうさまいかがなものかしら?」


 低空飛行で迫り来る、巨大トンボの首をナイフで切り裂く――。


「おうさまは おくらでおかねをかぞえ

 じょうおうさまは ひろまでパンにはちみつぬるの」


 影のような不定形の怪物は、矢を受けた瞬間、氷漬けになって氷片となって崩れ――。


「メイドは おにわでせんたくものをほして

 クロツグミは かのじょのおはなをついばんだ」


 大柄な邪妖精トロールさえも、急所に矢を浴びせかけられて沈黙した――。


「イスカちゃん、歌、好きなんだ?」


 クロードは、酸を吐く機械仕掛けの蟻に炎の弾丸を撃ち込んで破壊した。

 弩と矢が主力である以上、装甲の厚いモンスターは、どちらかというと彼女の苦手分野だ。

 いや、と、クロードは、その考えを保留する。

 今、この場に存在しないだけで、ニーダルなら、あるいはその弱点を補う武器を準備していてもおかしくない。


「パパが、ね。よく、あああああってさけぶんだけど、イスカがすると、はしたないっておこるの。だから、おうたをうたうんだ」


 イスカの説明は、不十分だったけれど、クロードはおぼろげにわかった気がした。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、娘のために、いつも敵をひきつけているのだろう。


「……すごいな」


 歌いながら、遺跡のモンスターを駆逐していく少女イスカ見蕩みとれて、領主クロードは生唾を飲んだ。


「ニーダル・ゲレーゲンハイトは、よく誘惑に耐えられる」

「り、領主様は、いわゆるロリコンだったのですか?」


 勘違いして戦慄するレアに、クロードは苦笑した。


「違うよ。レア、あの子には、才能がある。とても強いんだ」


 手元において育てれば、ファヴニルすら倒せるかもしれない。

 その誘惑は、クロードの心を苛んだ。 


「だから、きっと僕の手には負えない」

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