第136話(2-90)ブラッドアーマー

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 クロードは、資材倉庫を飛び出した。

 彼とショーコを見失い、手当たり次第に建物へ火を点けようとしていた楽園使徒アパスルたちは怒声を浴びせながら、歪んだ笑みを浮かべて一斉にパイプ爆弾を投げつけてきた。


鮮血兜鎧ブラッドアーマー起動!」


 投擲とうてきされたパイプ爆弾は、都合四つ。

 それらは、着火した火薬が爆発し、管内部に押し込められた釘や鉄片を周囲一帯にばら撒いた。

 回避は不可能。否――いまのクロードにとって、不要だ。

 彼の両腕から黒赤色の魔術文字が広がって、背後を除く全身を覆いつくす。

 爆風によって飛散した凶器は、容赦なく標的であるもやしのような肉体に降り注ぎ、衣服を引き裂くも、身体を覆う透明な血液じみた粘液に弾かれて落ちた。


「なんだ、なんの魔法だ!? いったいなにしやがったクソガキ!?」


 楽園使徒の頭目が剣呑な目つきに、明らかな恐怖を宿して絶叫する。

 クロードは、先ほどのショーコの言葉を思い出した。


『この両腕には、さっき見せた私の技や、パパの獣人形態がもつ粘液と同種の機能を擬似血液としてつけてあるの。魔力を消費し続けるから、今の貴方じゃ全力戦闘時間は半日に三〇コーツが限界でしょう。でも、その間、貴方は背後を除く全ての物理攻撃を無力化できるわ』


 クロードは、落下した金属パイプの破片を握り、日本刀へと変化させた。


鋳造ちゅうぞう……、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござし」

「この距離ならば、そうそう外れん。みんな、撃ちまくれ!」


 頭目の指示に従って、三発の銃弾と魔法で生み出された氷柱が飛んできた。

 銃弾は、クロードの胸と腰、右太ももの布地に穴を穿つも、再び粘液によって無力化された。

 しかし、氷の槍はわずかに手の甲をかすめてえぐり、傷をつける。


『といっても、過信は禁物。この世界の魔法って、私やパパがいた世界と違って、現実を改変、上書きしているみたいなのね。だから、魔法攻撃や、魔力が付与された物理攻撃にはそこそこ抵抗力がある程度。特に、炎とか氷とか温度差がある攻撃は、生身で受けるよりはマシって水準だから気をつけてね』


 ちなみに背後まで防御できない理由は、単純に全身をカバーするには両腕の擬似血液が足りなくなるから、らしい。鎧を着込み、盾でも背負ってしまえばいいとクロードは思う。自分は神話伝承にある竜殺しとは違うのだから。


「峰打ちだ。命までは取らないから安心しろ」

「まさか、まさか、クソガキ、お前はお前はぁ」


 クロードは楽園使徒アパスル構成員のマスケット銃を次々と両断し、頭や胸を刀の背で殴りつけた。

 幾度の戦いを越えて、この動作にも慣れたものだ。インパクトの瞬間に、うまく力を抜けば、重傷を負っても死にはしない。


「クローディアス・レーベンヒェルム。悪徳貴族かぁああっ」


 頭目が抜き放った短剣は魔力の光を帯びていた。とっさに刃を強化しようとしたのか、あるいは天啓の如きひらめきで魔法なら通じると判断したのかはわからない。


「そう、僕こそが悪徳貴族だ」


 クロードは、頭目の猪じみた突進をわずか一足でかわして、彼がたたらを踏んで振り返ったところを峰打ちで斬り伏せた。


「仕上げだ。もっていけ」


 生身の腕同様に違和感なく動く指で魔術文字を綴り、空中から十本の鋼鉄鎖を呼び出す。鎖は、雷の魔術で麻痺し、あるいは峰打ちで意識を刈り取ったテロリストたちに絡みついてグルグル巻きに拘束する。


「これが、楽園使徒アパスル……」


 クロードの目から見ても、楽園使徒アパスルの練度は低かった。おそらく、最初に戦ったテロリストグループ、赤い導家士どうけしの雑兵と同じかそれ以下。ゴルト・トイフェルが率いる山賊軍や、マラヤ半島で戦った緋色革命軍マラヤ・エカルラートとは比較にもならない。


「この考えは傲慢だな。……鮮血兜鎧ブラッドアーマー解除」


 クロードは、与えられたファヴニルの力に酩酊めいていした契約前の一夜を思い出して、重い息を吐いた。彼の身体を覆っていた擬似血液、赤みがかった透明な粘液はまるで浜から波が引くように二本の義手へと吸い込まれた。

 騒ぎが収まったと判断したのか、資材倉庫の入り口から青いエプロンドレスを着た少女、ショーコが顔を出した。


「無力化したの?」

「うん。ありがとう。ショーコさん。この両腕があれば、僕はまた戦える。誓うよ! この命に代えてもファヴニルを倒して、君たちに安らかな日々と笑顔を取り戻して見せる」

「そう」


 ショーコは何を考えたのか、低いヒールのついた赤い靴を脱ぎ捨てて、クロードに向かって走り始めた。


「――このっ、大馬鹿者!」


 かつて異なる世界を救うため自ら犠牲となった少女は、助走をつけて勘違いした少年を殴り飛ばした。

 強いパンチが、ばぁんと良い音を響かせた。   

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