第419話(5ー57)姫将軍の兵站奇襲

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)から数ヶ月に亘って、〝姫将軍ひしょうぐん〟セイと、〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルの交戦は続いた。

 セイは、大同盟南方面軍の主力である新兵と負傷兵を、高山都市アクリアを中心とする要塞地帯に配置。

 領民に愛されるローズマリー・ユーツ女侯爵を神輿みこしに仰ぎ、実績の厚いヴィルマル・ユーホルト伯爵に采配を任せた。

 そうして、セイ自らは――奇しくも二年前ゴルトが山賊軍で行ったように――ゲリラ戦術で暴れ回った。


「足跡は大地に干渉すれば消せる。匂いは風の魔法で散らせる。光や音に手を加えれば、透明化や消音すら実現できるっ」


 姫将軍セイは、出納長アンセルや参謀長ヨアヒムと共に少数の精鋭部隊を率いて、ネオジェネシスの兵站へいたんを担うキャンプへ奇襲をかけた。

 彼女は地元民だけが知る細道を通って、ネオジェネシスの物資集積地を焼き、情報を中継する砦を破壊した。


「ゴルト・トイフェル、きっとお前は私よりも強く、ネオジェネシスは人間よりも頑強だ」


 セイは、彼我の戦力差を冷静に分析していた。彼女が担うはあくまで時間稼ぎだ。

 しかし、だからと言って負けるつもりは微塵もなかった。


「どんな弱い軍勢も、必要な物資や情報が、必要な時に必要な量だけ入手できるなら、簡単には負けない。逆にどれだけ戦闘力に長ける軍勢も、無い無い尽くしでは勝てないものさ……」


 思い返せば、大同盟が緋色革命軍との最終決戦前に、ゴルトを相手に敗北を重ねたのも、苦しむ人々を救おうと、補給や情報の限界を無視して無茶な行軍を重ねたのが遠因だった。

 セイは好敵手の戦術を再現するかのように、神出鬼没の攻勢をかけた。たまらないのは、自分の得意とする策を返されたゴルトである。


「ええい、姫将軍め。いやらしい策を使う。自分でやるには楽しいが、他人にやられると腹立たしいものじゃなっ」


 ゴルトも無策ではなく、情報拠点を分散したり、人間では侵入困難な地形にキャンプを張って補給拠点としたり、工夫をこらした。

 しかし、ユーツ領の領民達は誰もがネオジェネシスの動向に気を配っていて、彼や彼女が目撃した情報は、有力者を通じて自然とセイの耳に入った。

 そして、セイ達は新たな敵拠点の居場所を掴むや、飛行自転車と特殊輸送車両オボログルマ改に乗って出立したのである。

 彼女達は、隠蔽いんぺい結界を展開し、まるで闇に溶けるかのように夜道を走った。

 やがて夜明けの星が瞬く頃、崖の上に作られたキャンプが見えてくる。


「目的地が見えたぞ。結界を解除、全軍突撃する!」


 セイが太刀を前方に向けるや、彼女を乗せた飛行自転車隊が崖を飛び越え、オボログルマ改が崖を駆け上る。

 兵士達が持つレ式魔銃ことライフルが、山の静寂を裂いて光を発し、大きな音を轟かせた。


「け、喧嘩か?」

「わからない。朝だというのにいったい何をやっているんだ?」


 セイが薄墨色の艶やかな髪を風にたなびかせ、葡萄色の瞳を戦意に輝かせながら斬り込むと、ウジの警備兵達はすでに大混乱に陥っていた。


「敵襲なんてあり得ない。ここは味方勢力圏の真っ只中、それも崖の上だぞ?」

「これだけ見晴らしがいいんだ。いったいどこからやってきたんだ?」


 ネオジェネシスは、種族的な特徴として、精神感応テレパスによって表層意識を共有している。

 他者への積極的な共感能力は、平時であれば有用だろう。

 戦場においても、優勢であれば迅速な目的達成や士気の向上に役立つに違いない。

 反面、ひとたびパニックに陥れば、嫌でも同胞の感情に心をかき乱される、という弱点を内包していた。


「鉄砲の妙味は、光と音で恐怖を与える事だ。ネオジェネシスは簡単には死なないだろうが、浮き足立つのは避けられまいっ」

「う、うわああっ」

 

 セイが警備兵を血煙に変えた頃には、キャンプはまるで石を投げた水面のように混乱が広がって、絶叫の坩堝るつぼと化していた。


「落ち着けぇい!」


 されど、ネオジェネシスにも個性はある。特に誰よりも家族愛の強かった、ベータと共に修行した個体達がそうだった。


「軟弱な同胞よ。己が大胸筋ハートを信じよ。迷うことなど何もない」

「しかりっ。上腕筋ソウルと語れ。三角筋スピリットに問いかけよ。為すべきことを教えてくれる」


 白髪白眼こそ一般的なネオジェネシスと同じだが、山のようにそびえたつ体格が特徴的な戦士達が、錯乱した味方を庇うように天幕から悠然と現れたのである。


「セイ司令、後方へ退いてください。あいつら、やたら頑丈で銃が効きません」

「魔法も通じていません。辺境伯様からいただいた〝不死殺し〟のはたきは準備しているのにっ」


 セイに同行していた兵士達が、悲鳴をあげる。

 屈強なネオジェネシスの戦士達は、鍛えられた肉体で銃弾や火球を弾きながら接近し、大同盟の兵士達を殴り殺した。

 ……鮮血がほとばしり、肉片が散る。


「姫将軍セイとお見受けする。我らが兄ベータに代わって、御命ちょうだいする」

「兄者が求めた拳の偉大さは、後に続く我らが証明する」


 彼らは、鍛えに鍛え抜いたマッシブな肉体を誇り、あえて人間体のまま素手でセイに掴みかかってきた。


「敵ながら、その意気やよし! ただし、私はアリス殿を投げられる・・・・・ぞ?」

「「!?」」


 セイは軽やかに舞うようにして、ネオジェネシスの戦士達の腕を引き、脚を払って転ばせる。

 どれだけ優れた肉体であっても、寝転がった状態では防御もままならない。大同盟軍の銃撃が転倒した戦士達へ殺到して、鋼の肉体を削ってゆく。

 セイはすかさず急所に太刀を浴びせて、肉を裂いて骨を断った。


「……諸君らは強い。しかし、私と棟梁殿の愛はもっと強い」


 セイが鎧の下に身につけた紺の着物は、クロードが慣れぬ針を用いて、何度も修繕を重ねた世界でただ一つの品だ。

 クロードの手製故に、〝不死殺し〟の力があるのは勿論だが……。

 想い人の愛情に包まれて、どうして負けることが出来るだろうか?


「……無念。いまだ鍛錬が足りなかったかっ」

「……今一度生を得たなら、再び高みを目指したい」


 セイは黙祷を捧げると、戦士達の遺体を踏みこえて、天幕へと突入した。

 

 

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