第207話(2-160)悪徳貴族の秘策
207
「ハサネさん。前から聞きたかったんだけど、あなた、昔、どこかで暗殺者とかやってなかった?」
「またまた御冗談を! 暗殺者なら、ほら、あそこに現役がいるじゃないですか?」
「ミズキさん? うわぁ」
ブリギッタが、呻き声をあげたのももっともだった。
ミズキは、半包囲網の射線からギリギリ外れた最前線で、型落ちしたマスケット銃を手に、
「アハハッ。いいね、こいつはいい。撃っても撃っても倒れないなんて最高だ! 私はただ撃ち殺したいだけで、簡単に死んでほしくはないんだからっ」
ミズキが撃ちだす鉛玉を全身にあびて、不死兵が一体また一体と消えてゆく。
それでも、赤黒い兵士たちは同胞から肉と命を奪って白煙の中を進み、防塁に取りつこうと進軍を続けた。
そこに真の恐怖が待っているとも知らず――。
「貴重な魔術素材だ。はぎとれ、奪ええっ」
「もっとだ、もっとよこせえ」
「吐き出せ。金だ。金が必要なんだあああっ」
共食いの果てに小道へと辿り着いた不死兵に、ルクレ領、ソーン領出身の冒険者が殺到する。
格上のモンスターを、数の暴力で狩り殺すのは冒険者のお家芸だ。
弾幕で撃ち減らされ、軍勢の体裁さえ保てなくなった孤独な怪物たちは、各個撃破されて生きながらにして解体された。
その凄惨さは、間近で見ていたロビン少年が、思わず抗議の声をあげるほどだった。
「チョーカーさん。止めなくていいんですか? あれはさすがに人間としてどうかって」
「仕方なかろう。コトリアソビ達の研究の結果、やつの細胞が錬金術の
「で、ですが」
思わず駆けだそうとした純粋な少年の肩を、アンドルー・チョーカーは強く掴んだ。
「セイという女が言っていただろう? これが意志を重ねるただの人間の力だ――と。この戦場には色んな意志が渦巻いている。軍人としての責務を果たそうとするもの、故郷や愛する女のために戦うもの、小生たちの如く正義を掲げるもの。中には、あの冒険者たちのように、
チョーカーは思う。
楽園使徒の首魁たるアルフォンス・ラインマイヤーは、きっと自分と異なる価値観の一切を認められなかったのだろうと。
だからこそ、粛清部隊である
彼の理想が西部連邦人民共和国の如き独裁国家であり、彼の夢が
だが、マラヤディヴァ国の民衆にとって、アルフォンスのくだらないごっこ遊びにつきあう義理など最初から有りはしない。
「さすがはチョーカーさん、やっぱりチョーカーさんは凄い方です」
「ふん。当然だ。小生こそは、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することを惜しまぬ最高の軍略家だ。きゃつらとは格が違うわ。励めよロビン、ひゃあっはっはっ!」
ロビン少年の輝く瞳にあてられて、アンドルー・チョーカーは声高らかに笑いながら考えた。
果たして、己とアルフォンスにいったいどれだけの差があったのか――? ぽつりぽつりと天から降り注ぐ雨が、彼の頬を濡らす。呟いた言葉は誰に届くこともなく、喧噪のなかへ消えていった。
「アルフォンス。貴様と小生の始まりにそれほど差があったとは思わん。だが、貴様はたかが力なんぞのために人間性を投げ捨てた。我々は貴様にとって、道に転がる小石だったかもしれないが、踏みつけようとして転んだのは、そちらの勝手な自業自得だ」
時刻は正午。天を厚い雲が覆う中、不死兵たちもようやく敗勢を受け入れたらしい。
赤黒い兵士たちは一体化し、ぐずりぶちゅりと禍々しい音を立てながら、再び
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
湿地に叩きつけられる雨音さえ塗りつぶすよう
そして、その膨大な質量ゆえに、沼地にはまって動けなくなった。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?」
「第三フェイズ開始! ソフィ殿、頼んだぞ」
「うん、セイちゃん、クロードくん。見ていてね」
三領軍後方に作られた簡素な神殿で、降り注ぐ雨の中、ソフィが祖霊に奉じる舞を踊る。
ヴァン神教の神官が、イシディア法教の僧侶が、神々に祈りを捧げる。
その治癒術式の内容は――すなわち解呪。
不完全な人間と神器の融合体が引き起こす爆発という
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
血の湖が沼の中で暴れる。
小さな津波のように沼地が波立つ中、スライムの上部に青年の上半身が現れて叫んだ。
「フザケルナヨ、くろーでぃあす・れーべんひぇるむ。おれさまノちからハ絶対ニ奪ワセナイ!」
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