第84話(2-42)商業都市ティノー市街戦

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 さて、チョーカー隊長が色に惚けている頃、市内に駐留していた緋色革命軍兵士たちは命令通り、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処すべく行動を開始した。つまり、彼らもまた個々の判断と欲望の赴くままに、無力なティノーの住民を相手に略奪を働こうとしたのである。

 一方のクロード率いる義勇軍は、ヨアヒムが立てた作戦に従って前線指揮官を担うキジーと、後方支援を行うアンセルを中心に組織的な軍事行動を開始していた。

 遠征に先立って、出納長アンセルもまた参謀長ヨアヒムと同様に、第六位級契約神器をクロードから授かっていた。

 彼が契約を交わした第六位級契約神器”光芒こうぼう”は、自身の目と耳の代わりとなる数珠じゅずの玉に似た複数の情報端末を飛ばすことで、広範囲にわたって索敵と通信を行い、更には強力な光弾による砲撃を行うことができる、というものだ。ただし、エネルギー効率は劣悪で、砲撃は三〇コーツに一度が限度である。


「敵がこもる元役場に奇襲攻撃を加えたのち、事前に仕込んだ罠で足止めしつつ分散して離脱、森を背にした町はずれの丘に誘導して塹壕ざんごうから一斉射撃を行う。一撃離脱ヒットアンドアウェイ戦法と待伏アンブッシュ戦法を組み合わせた作戦。セイ様ほどではないですが、悪くないですね」


 アンセルが数珠玉を飛ばして上空から見守る中、キジーは、狙撃に驚いた食堂の兵士たちが、漁村ビズヒルに配備されたものと同様の蛙型人形装甲車を車庫から広場に出すのを確認し、分隊に合図を送って集中的な射撃を浴びせかけた。

 擲弾筒てきだんとうを結びつけられた弩の矢が、剣山のように突き刺さり、装甲車は轟音をあげて大破する。

 しかし、車庫から引きだされたのはそれだけではなかった。中に蛇を象った座椅子サドルがついた、大人がすっぽり入る巨大な一輪タイヤという異形の乗り物が、操縦者を乗せて一〇台も姿を現したのだ。


「総員散開! この場を離脱する」

「ナビゲートはぼくに任せろ。なんとしても生き延びるんだっ」


 防寒具の下に赤い鎖帷子くさりかたびらを身に付けた禿頭の義勇兵は、けん制代わりにグレネード付きの矢を射かけたものの、一輪タイヤの機動力と加速は凄まじく、容易く避けられてしまう。

 ならばと使い込んだ皮鎧を着た出っ歯の目立つ義勇兵がレ式魔銃を撃ったものの、矢除けの魔法が掛けられているのか、弾丸はタイヤに当たる直前で逸れてしまった。


「これは、だめか」

「逃げよう。逃げるんでやすっ」

「反乱分子がぁあっ、逃がすかよぉ」


 義勇兵たちが二人一組ツーマンセルで散り散りに分かれ、狭い路地に飛び込んで逃げ惑う中、先頭を走る緋色革命軍の兵士は一輪タイヤで道路を離れ、なんと家の壁面を走り始めた。


「かつ目せよ。この一輪鬼ナイトゴーンは、三次元機動すら可能とするのだぁあっ」

「な、なんだってぇ!?」

「そんな武装があったなんてっ!?」

「ハーッハッハ! 兵器の性能の違いこそが、戦争の勝敗を決定づけるということを教えてやろう」


 自信満々で豪語した直後、彼はバランスを崩して商店の看板に激突し、搭乗していた一輪タイヤもろともにドォーンと音を立てて地面に叩きつけられた。

 先ほど矢を射かけた禿頭の義勇兵と、銃を撃った出っ歯の義勇兵は、その様子を見て呆れたように口を大きく開けた。


「乗馬ってさ、案外、慣れるまで時間がかかるんだよなあ」

「この銃の訓練も、相当やりこみやしたからね」

「「とりあえず、逃げようか」」


 セイの教練を受けた元オーニータウン守備隊出身の義勇兵たちは、見事な手腕で罠の配置点へと緋色革命軍を誘導した。

 元冒険者あがりの義勇兵たちは、彼らへの対抗心から、古代遺跡で豚鬼オーク小鬼ゴブリンを無力化するための、大小様々な工夫を凝らした罠を設置していた。

 お互いへの反発から生じた両者の努力は、奇妙な相乗効果をもたらして、一輪タイヤに搭乗した緋色革命軍の兵士たちを強襲した。


「馬鹿なぁああっ」


 次々と落下する劇薬がたっぷり入った金ダライの中身を浴びて、シューシューと服が焼ける音をたてながら、のたうちまわって転倒するもの。


「ほげぇえええっ」


 路地裏に吊った釣り網にからめとられて、石壁にゴォオンという破砕音と共に衝突するもの。


「ぱ、パンクしただとぉおっ」


 高台の踊り場へ、大量にぶちまけられた鉄製の撒菱まきびしを踏んでコントロールを失い、ヒューとばかりに階段下へと滑空するもの。

 一〇台あった一輪鬼ナイトゴーンという魔導兵装は、本来の性能をまるで活かすこともできないまま、搭乗者もろとも自滅していった。


「俺さあ、兵器の性能の違いだけが戦局を左右するわけじゃないって、半年ほど前、オーニータウンでゴルト・トイフェルに見せつけられたんだ」

「どんなに高価で有用な武器や防具を持っていやしても、ダンジョンで死ぬときは一瞬なんすよね」


 実はつい半時間前まで、お互いに口も聞きたくないと無言で張り合っていた禿頭と出っ歯の義勇兵二人が、緋色革命軍兵士たちの末路を見てそんな感想をもらした。


「俺、ヴィゴってんだ。その、悪かったよ。変にぴりぴりしてさ」

「イェスタと言いやす。こちらこそすみません。雰囲気をおかしくしちゃって」


 どちらからということもなく、二人は右手を差し出して、固い握手を交わした。

 新兵器を失った緋色革命軍は、その後も前線指揮を担当するキジーと、後方から機敏に情報を伝達するアンセルが率いた義勇軍によって良いように弄ばれ、数を減らしながらもどうにか丘へと辿り着いた。

 彼らが塹壕を見て、待ち伏せされていたことを知り、即座に白旗を掲げたのは言うまでもない。


「キジー。見事な指揮だったよ。ありがとう、おかげで助かった」

「やめてください。アンセルさん、貴方のナビと支援がなければ、我々はここに帰ることさえできなかった。お礼を言うのはボクの方です」


 アンセルとキジーは、互いの健闘をたたえ合い、酒を注いだ杯を交わした。彼らは、もはやクロードとヨアヒムの勝利を疑っていなかった。

 商業都市ティノーの市街戦勝利をきっかけに、遠征に参加した義勇兵たちは、互いを二分していた派閥争いを止めて、融和へと舵をきることになる。この一戦は、単なる戦術上の勝利以上に、遠征軍にとって価値ある成果をもたらした。

 そして、クロードとヨアヒムもまた、緋色革命軍の詰め所ややぐらを陥落させ、奴隷オークションの会場へと迫っていた。

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