第307話(4-36)いにしえを知るもの

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 クロードたちは、ウジの群れを退けた後、手分けしてシェルクヴィスト兵の治療に当たっていた。

 アリスが負傷者を担いで集め、ガルムが鉱町エグネから流れる川の水を沸かして洗浄、レアが診断と処置を担当する。

 そしてクロードは、もっとも重篤な怪我を負ったマルグリットを介抱すべく、自転車から救急箱を取り出して駆け寄った。

 しかし戦場に響いたテルの言葉に驚いて、彼女に手渡す治療薬ポーションを取り落としかけた。


「第一位級契約神器、イドゥンの林檎だって……、ひょっとして七つの鍵のひとつか!?」


 七つの鍵と呼ばれる神器。それこそは、旧世界に滅びをもたらした超兵器であり、クロードが地球へと帰還する為の手がかりだったからである。


「アア。一〇〇〇年前の大戦デ、神族を名乗った連中が、ここ、海路要衝かいろようしょうたるマラヤ半島で使った神器だヨ。能力は、"生命の維持"。神器の加護を受けた兵士は死なない限り、どれほど深い傷を負っても短時間で健康体に回復するンだ」

「それって、無敵じゃないか?」


 クロードのぼやきに対して、カワウソは首を横に振った。


「言ったロ、死んだらそこまでだからナ」


 テルを補足するように、右手で受け取った治療薬を飲み干したマルグリットが告げる。


「辺境伯様。いにしえの伝説では、黄金の林檎を持った女神は、邪悪なる魔女によって討たれたそうです」

「そう、なんだ」


 クロードは、マルグリットの折られた左腕と抉られた脚に治癒の魔術をかけつつ、浅く息を吐いた。


(……"黒衣の魔女"は強すぎる)


 テルから聞きだした話だけでも、魔女の烙印を押された少女は、第一位級契約神器ガングニールを先代の盟約者から奪い取り、同格のイドゥンの林檎の所持者を殺害している。"神剣の勇者"とやらは、よくもまあ彼女を倒せたものだ。


「なぜだ。なぜ機密である林檎のことを知っている。お前は何者だ?」


 ネオジェネシスを名乗った白い女は、銀色の目でテルをにらみつけ、憎悪の感情もあらわに尋ねた。

 一方のカワウソは、柳に風とばかりにポーズを決めて飄々ひょうひょうと答えた。


「テルだ。ただの通りすがりのカワウソ、サ」


 そう一見ハードボイルドに決めつつも、テルはマルグリットや女性兵士にちらちらと視線を送っていた。どうやらナンパ目的の演技らしい。

 クロードとしては、そんな暇があるなら早く手当を手伝って欲しいところである。


「私の個体名はアルファ。テルと言ったな。その名前、創造者に伝えておく」


 白い女改めアルファもまた、テルとの会話を打ち切り、死刑宣告でもするかのように言い捨てると、山間の霧に紛れて消え去った。


「ネオジェネシス、新しい敵か。テルは、よく正体がわかったな?」

「いわゆる年の功ってやつサ。昔は色んな神器を目にしタし、最近じゃ羊ネエチャンの酒と神器を合わせた協力技や、"異形の花庭ストレンジガーデン"だったか、似たようなアプローチも見たからナ。生きるってのハ、こうじゃないとイカン。毎日が刺激に溢れているゼ」


 クロードは、なるほどと頷いた。

 数日前に溺れて遭難しかけたカワウソの発言でなければ、しびれるほどにカッコいいことだろう。

 だからこそ、マルグリットにはてきめんに効いた。


「カワウソさんは一〇〇〇年前の神焉戦争ラグナロクをご存じなのですか。その博識さ、ひょっとして高名な神器なのでは?」


(あ、やばっ)


 クロードは、とっさにテルに目配せした。

 レアは兵士たちの手当を終えて、無言で包丁と鉄鍋を準備している。

 いざとなったら、彼を鍋の具として始末する気満々らしい。


 テルの正体こそは、かつて黒衣の魔女に助力した『第三位級契約神器オッテル』


 ファヴニルの元兄貴分であり、緋色革命軍を操る彼の邪竜が、今表向き名乗っている名前だった。

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