第202話(2-155)悪徳貴族と人類の守護者

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 霜雪の月(二月)二三日午前。

 ハサネとソフィに促され、紫色の髪が目立つ少女が入室すると、アリスは喜色満面で飛びついた。


「ショーコちゃん、三日ぶりたぬ。ようこそいらっしゃいませたぬ」

「あれ? みっか?」

「三か月ぶりね。また会えて嬉しいわ、アリスさん」

「そ、そそ、そうたぬ。三日前はクロードとダンジョンにもぐった日。ショーコちゃんと会うのは三か月ぶりたぬ。うっかりたぬぅ!」


 ショーコは首をひねるクロードを勢いのままに言いくるめて、アリスに手を引かれるまま壇上へと登った。


「紹介するたぬ。ショーコちゃんたぬ」

「ドクター・ビーストの娘、ショーコと申します」


 ショーコが名乗った瞬間、会議室のそこかしこから凍りつくような敵意が放たれた。

 ソフィはとっさに止めようとしたが間に合わず、ハサネが珍しくも顔を覆う。

 ローズマリー・ユーツは般若の表情で立ちあがったものの、ヨアヒムに手を握られて踏みとどまった。

 ミーナもまたエステル・ルクレの仇とばかりに踊りかかろうとするも、ミズキが羽交い絞めにしてくい止めた。

 レーベンヒェルム領の関係者は、クロードが義手を得た際に、この魔術道具がショーコというドクター・ビーストの娘に作られたものだと説明を受けていた。

 しかし、血の湖ブラッディスライムの対策に集まったメンバーの中には、焼き鏝の被害に遭ったユーツ領、ルクレ領、ソーン領の出身者もいる。

 彼や彼女から見たドクター・ビーストは、何度殺しても殺し足りない悪鬼が如き魔人に他ならない。


「ショーコさんは敵じゃない、僕たちの味方だ。事情を説明する。いいかな、最初から話しても?」

「構わないわ」


 クロードは、議長席から壇上にのぼり、おおよその事情を話した。

 会議参加者に、ショーコを声高に非難する者が出なかったのは幸いだった。


「あの焼き鏝を作った異世界人が、元は善良な研究者だったなんて……」

「守護に尽くした挙句に捨てられたなんて、酷いことを――」

「ぐすっ、ひぐっ」

「目にゴミがはいっただけです。泣いてません」


 もっとも、クロードは知っている。

 この会議室に集まった参加者は、程度の差こそあれ性根が善性だ。

 加えて、もしも『元は敵だ』とか『元敵の親族だ』などといった根拠に基づいて弾劾だんがいすれば、それこそ全員に流れ弾が必中するのだから、無用な心配だったかもしれない。

 

「……僕がこうやって戦いを続けられるのは、ショーコさんがこの両腕をくれたからだ。それに、青い封筒に入った匿名の論文を契魔研究所へ送ってくれたのは君だろう? あの情報があったから焼印の解呪が飛躍的に進んだ」


 クロードの言葉に、向かい合って立つショーコはほんの少しだけ頬を染めて頷いた。


「ありがとう。君の助けで多くのひとが救われた。それで、今日はどうしてここに?」

「昨夜、研究所を訪ねたの。あの赤黒いスライムの危機について伝えるために」


 ショーコの言葉を、ソフィと共に資料を準備中のハサネが引き継いだ。


「辺境伯様が前線で指揮を執られていたため、私とソフィさんで要件を伺いました。ショーコさんの情報と、こちらの調査結果を照らしあわせ、更に解析を進めました。ぜひ辺境伯様に伝えて欲しいと対策会議への同行をお願いしたのは私です」

「ショーコちゃん、すっごく詳しいんだよ。ヴァリン領の博士たちも絶賛してたんだ」


 ソフィに褒められて照れているのか、ショーコは頬を林檎のように染めてぷるぷると震え始めた。

 クロードはこれはいけないと感じ、フォローすることにした。


「ショーコさん、血の湖……あの怪物について教えて欲しい」

「うん、クロード、よく聞いてね。あれは、人間と契約神器の融合体だよ」


 ショーコの発言に、ハサネとソフィを除く出席者の大半がポカンと口を開けた。

 ただひとり、レアだけは顔が土気色に染まり、卒倒しかけたところをセイによって支えられた。


「どうしたレア殿、貧血か? 隣室で休むか?」

「いえ、少し疲れただけです」


 議長席から思わず駆け寄ろうとしたクロードに、レアは心配ないと目配せした。

 クロードは頷いて、再びショーコを促す。


「初めて聞いた。融合体とはどういう意味だろう?」

「そのままの意味、人間と契約神器が融合したものよ。血の湖という融合体の元となったのは、きっとアルフォンス・ラインマイヤーと彼が盟約を交わした神器ルーングラブ。……ええっと、ソフィさん?」

「お任せ。クロードくん、投影器、使うよ」


 ハサネと共に会議室の隅で作業していたソフィがスイッチを入れて、空中投影ディスプレイが壇上に展開される。


「クロードくんは、この投影器みたいな一般の魔術道具と、エリックの腕輪、アンセルの弓、ヨアヒムの棍――そういった契約神器の決定的な違いってわかる?」

「意志だ。契約神器は、魔術道具と違って己の意志がある」

「大正解!」


 屈んでいたソフィは、豊かな胸を弾ませながら立ちあがって、にっこりと朗らかに笑った。

 魔術道具は魔法の力を発揮するが、ただの道具だ。誰だって使えるし、適切に使用すれば必ず一定の効果を発揮する。

 だが、契約神器は違う。

 単純な出力、世界を書き換える力の大きさもけた違いだが、それ以上に神器自らが使い手を選び、双方向の盟約を結ぶ点が絶対的に異なっている。

 レーベンヒェルム領はこれまで多くの契約神器をテロリストから接収したものの、そういった神器に新しく盟約者パートナーとして認められた者はごく少数だ。

 そして、クロードが盟約を交わしたファヴニルに至っては、彼や先代ほんもののクローディアス・レーベンヒェルムを己が遊具だとみなしている有様だ。

 ディスプレイがそういった解説を三次元図で映しだす中、ショーコは説明を再開した。

 

「人間が契約神器と盟約を交わし、両者の意志と絆で強大な魔法を行使するのなら――」


 ショーコは、深く息を吸い込んだ。


「人間と神器を融合し、一心同体と為せば比類なき力が手に入る。この世界の過去には、そんなことを考えたひとたちがいたの」


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