第203話(2-156)悪徳貴族と仲間たちの決断

203


 人間と契約神器の融合体。

 恐るべき道の存在に言及したショーコに対して、会議室は静寂に包まれた。


「パパ、ドクター・ビーストが集めた古文書の中には、そうじゃないかと推測された例がいくつかあった。たとえば千年前の神焉戦争ラグナロクで世界を壊そうとした黒衣の魔女。彼女の妹は戦艦と一体化していたと記されている。たとえばこのヴォルノー島に伝わるグリタヘイズの龍神、彼もまたそうじゃないかって疑われていた」


 クロードはファヴニルの無邪気な、しかし、怖気を震う笑顔を思い出して首を横に振った。

 ショーコには悪いが、あれはそのようなものではない気がする。


「でも、私は、人間と契約神器の融合は、正しい意味では一度も成功しなかったと考えている」

「ショーコ様、どうしてそう結論付けたのですか?」


 問いかけたのは、相変わらず顔色の悪いレアだった。


「もしも成功していたのなら、そういった伝説や伝承が残るはずだから。この世界で最強とされているのは、黒衣の魔女や神剣の勇者が使った、第一位級契約神器でしょう? レプリカ・レヴァティンも災厄として伝えられているけど、歴史上ではただの人災扱いよ。もしも人間と神器が融合した存在がいたならば、その脅威はこれらの比じゃないはずだもの」

「ショーコさん、それはどういうことだ?」

「クロード、考えてみて。契約神器と融合した人間、そんな存在が生まれてしまったら、どうなると思う?」


 クロードは、必死で頭を回転させた。

 単に強力な神器というだけなら、第一位級契約神器に並び立つものは存在しない。

 融合した人間である必要? 人間だけができること?


「まさか、融合体は、契約神器と盟約を結ぶことができるのか?」

「パパが残した資料によれば、古代の研究者たちが目指した融合体はそういうものだった。もしも誕生していれば、融合体は契約神器と同等の魔力をもっているから、世界中にある神器と無制限に盟約を結び、あるいは七つの鍵と呼ばれる第一位級契約神器さえも手中に収めたかもしれない」

「なんだよ、そのチートを越えた意味不明な存在は。まるでラスボスじゃないか!」


 クロードは、笑い飛ばそうとして戦慄した。

 いまではないいつか。ここではないどこか。

 虹彩異色症ヘテロクロミアの少女が氷原にたたずんでいる。


「そう。だから、融合体というものは生まれなかった。ファヴニルみたいな人間に縛られない異端の契約神器や、人間の意識を宿した契約神器が生まれて、勘違いされただけ。そうでないもの、今猛威を振るっている血の湖ブラッディスライムみたいななり損ないには、共通した欠点がある。盟約を結べないのはもちろん、存在そのものが極度に不安定なの。具体的に言うと、ある程度の時間がたつか、自立不能な損害を与えれば、爆発するわ」

「どのくらいの規模で?」

「過去の伝承や記述を信じるなら、この領都レーフォン一帯が飲みこまれるくらい」


 エステルの、アネッテの、ローズマリーの顔から血の気が引いた。

 レアを元気づけていたセイもまた、愕然とした表情で椅子に崩れ落ちた。

 クロードは必死で踏ん張ろうとした。だが、気力がごっそりと身体から抜け落ちていく。

 たとえ血の湖だって、きっと倒すだけなら出来た。だが、倒したときの被害が大きすぎる。


「そうか。ファヴニル、あいつの仕業か」


 かつて隼の勇者アランたちが領主館を襲撃した際に、ファヴニルは第六位級契約神器を己が意のままに弄んだ。

 奴ならば、意図的に失敗した融合体という爆弾を作りあげたとしても不思議はない。


「こんなことなら、ブーネイ国で無理やりにでもアルフォンスを捕らえるべきだったか?」

「辺境伯様、あの時の決断は正しかったわよ。あたしたちが道理と法を守るから、他の領だって信じてくれるの」

「心配しなくても大丈夫だよ、クロードくん。ショーコちゃんが解析を手伝ってくれたから、魔契研究所の博士たちも頑張ってくれてるから。皆で力を合わせれば、きっと乗り越えられる」

「魔法は専門外ですが、情報収集なら我ら公安情報部にお任せあれ」

「ブリギッタ、ソフィ、ハサネ……」


 クロードは持ち直した。

 そうだ、たとえ状況がどれほど悪くても、最悪の二択に囚われる必要なんてないのだ。

 アルフォンスが成り果ててしまった出来そこないの融合体に蹂躙じゅうりんされるか、討ち果たして莫大な犠牲者を出すか。

 そんな選択肢はクソ喰らえだ。時間がまだあるのなら、ほかによりマシな選択肢を見つけられると彼は腹をくくる。


「ソフィさんの言う通り、乗り越える手段はあるわ。私がアレの足を止めるから、ありったけの神器と大砲を集めて砲撃なさい。それが一番、被害の少ない解決策よ」

「ショーコさん、何を言ってるのかわからないんだけど」

「私なりの償いよ。貴方達はパパを止めてくれた。だから、私はパパの娘として、かつて人類の守護者であった者として、やるべきことをやるの。クロード、民を導く君主として何を優先するべきかわかるよね」

 

 クロードは頷いた。


「ハサネ、警備兵を呼べ。この娘をふんじばって部屋から出すな」

「了解しました。改装した領主館の地下室なんてどうです? たしか木馬や機材を仮置きしていたはずです」

「任せる」

「クロード、話を聞いてっ!」


 ハサネは恐ろしいまでの手際で、ショーコを後ろ手に縛りあげた。


「ソフィ、血の湖が人間と契約神器の融合だという結論は、研究所でも変わらなかったんだな?」

「うんっ」


 ソフィの力強い頷きが、クロードの背を押した。


「ショーコさん、血の湖ブラッディスライムが真正の怪物ならば貴方にすがろう。天災ならば、防災と減災に務めて共存もしよう。しかし、奴がアルフォンス・ラインマイヤーであれ、別人であれ、血の湖はどうやら僕たちと同じ人間だ。我らにあだなし、我らを踏みにじろうとするただの悪人だ」


 レーベンヒェルム領を率いる悪徳貴族として断言する。


「だから、決着は僕らの手でつける。貴女が人類の守護者というのなら、手出しは無用!」

「クロードっ、わかってよ」


 ショーコは、ハサネと警備兵によって引き立てられていった。


「貴方らしい決断ね」


 ローズマリー・ユーツが、なぜかヨアヒムと手を繋いでニヤニヤと笑っている。


「悪徳貴族たるもの、人類の守護者と聞いちゃ閉じ込めて当然だろう?」

「ええ、そうね。乗馬フィットネス器具とか、エアバイクを高値で売り付けようとするあたり、とっても悪徳貴族よね」

「値段の文句はブリギッタに言ってくれ」


 クロードはすました顔で言い放った。クロードがルクレ領とソーン領に出張していた時、屋敷の地下室は改装されて、試作品のトレーニング機材置き場と化していた。

 これらの機材は、元は兵士の訓練用に導入するはずだったのだが、いつものように開発チームがやらかしたせいで高コストになり、憤慨ふんがいしたアンセルとブリギッタによって富裕層向け健康機材へと路線変更を余儀なくされていた。


「話を聞く限り、あの子は父親を、ドクター・ビーストを止められなかったんでしょう? でも、貴方は、アリスちゃんは、そしてヨアヒムが率いた兵士たちは、あの日獣の博士を討ち取った。私たちユーツの民を助けてくれた。だから、信じるわ。貴方達がより良い未来を掴んでくれるって」

「ええ、わたくしも信じますわ」

「へんきょーはくさまなら、だいじょーぶ!」


 ローズマリーが、アネッテが、エステルが支持を表明してくれた。


「じゃあ、皆、未来を切り開こう!」


 血の湖ブラッディスライムという怪物災害を鎮めるべく、クロードたちの短くも濃厚な日々が始まった。

 決戦は、五日後の霜雪の月(二月)二八日――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます