第201話(2-154)悪徳貴族と怪物災害

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 霜雪の月(二月)二三日早朝。

 クロードが転移したレーベンヒェルム領軍司令部の会議室は、張りつめた剣呑な空気に満ちていた。


「待たせたね。ヨアヒム、報告を頼む」

「おいす」


 ヨアヒムが壇上にのぼり、経緯の説明を始めた。

 彼は、アーロン・ヴェンナシュに客将として同行し、その目で新たなる脅威を目撃した。

 レーベンヒェルム領、ルクレ領、ソーン領からなる三領軍が、”|血の湖(ブラッディスライム)”と兵士たちに呼ばれる巨大なモンスターと接触したのは、二日前の霜雪の月(二月)二一日午後のことだ。

 幸運だったのは、最初に遭遇した部隊を率いる将が、アンドルー・チョーカーだったことだろう。

 本人曰く武勲ぶくんを飾ろうと――、自分勝手に突出したところで発見し、銃撃も魔法攻撃も効かないと見るや、彼はすべての物資を投げだした。そうしてルーンホイッスルを吹き鳴らして加速し、全速力で戦域を離脱したのだ。

 友軍の中には、チョーカーを臆病者と笑う輩も多かった。だが、大局的見地からすれば彼の決断はまさに最適解だった。

 報告を受けたアマンダはただちに情報を伝達、三領軍は進軍を停止して警戒態勢へ移行した。

 ナンド領や近隣諸国から出稼ぎにきたいくつかの傭兵団が命令を無視して呑みこまれたものの、血の湖との初戦を最小限の被害で切り抜けることができた。


「イヌヴェ隊が保護した楽園使徒の生存者からの聞き取り調査と、チョーカー隊の交戦結果をまとめた結果、次のことがわかりました。

 ひとつ、血の湖は、人間と同等の知恵を有している。

 ふたつ、血の湖は、スライム状のモンスター形態と、血泥の軍団という形態を使い分け、また両方を維持することができる。

 みっつ、血の湖は、人間とは比較にならない質量とパワーを有し、更に魔法と武器の扱いにも長けている。

 よっつ。血の湖は、物理攻撃を受け付けず、極めて死ににくい。

 以上の点から、参謀本部が過去の怪物災害モンスターハザードを参照したところ、血の湖は犠牲者の生命力と能力を得ているのでは? という仮説がたてられました」


 ヨアヒムの報告に、室内が戦慄せんりつする。


「なんだよ、これ、反則じゃないか」

「どうにもなりませんの?」


 会議参加者がそろって頭を抱える中、クロードは堂々と言い放った。


「ああ、厄介だ。だから攻略法を考えよう」


 不穏な報告にも関わらず、絶望など欠片も感じさせないトップの姿勢が、動揺した列席者を鎮静化させる。


「自信満々でよく言えるわね?」

「ローズマリー嬢、勝ち目がないわけじゃない。思い出して欲しい、僕たちの戦いはいつだってギリギリだった。特にドクター・ビーストとオズバルト・ダールマンは、今でも勝てたのが不思議なくらいだ。それでも僕たちは乗り越えてきたじゃないか」


 クロードが名を挙げたのが緋色革命軍と共和国の将だったのは、彼なりの気づかいだ。

 オーニータウン防衛戦から始まって、エングホルム領遠征、ベナクレー丘撤退戦、ボルガ湾海戦、ドーネ河会戦、レーベンヒェルム領内戦、昇葉作戦……、どの戦いだって紙一重だった。

 ここに集まった者たちは、それらの危機を乗り越えてきた万夫不当の勇士なのだ。

 積み重ねた経験が、窮地にあってなお苦難に立ち向かうための、希望の光と熱を灯す。

 

「それに忘れてないか。ここにいる僕はスライム退治のベテランだ」


 しかし続く言葉で、聴衆の高揚は北海の水底ほどに冷え込んだ。


「レアさん、クロード、……辺境伯様と青いスライムの対戦成績はなんだっけ?」

「はい。一昨日で0勝ひゃ」

「待つんだレア、それにエリック。百戦以上だぞ。これだけの戦歴を重ねれば、もう僕はスライムバスターとか、スライムデストロイヤーを名乗っても許されるはずだ」

「申し上げますが、遺跡で倒されたり、駆逐されたりしているのは領主さまの方です」

「何が凄いって、それだけ戦って一勝もできていないってのが凄いよな」

「そ、そんなばかな」


 会議が横転しているのを把握して、壇上のヨアヒムが咳払いした。 


「縁起が悪いのでリーダーには引っ込んでいてもらうとして、いま優先するべきは血の湖についての情報収集と分析です。持ち帰った念写映像やレポートは、契約神器・魔術道具研究所で検証中。なんらかの糸口が掴めたら、ソフィ姐さんとハサネさんから連絡が入ります。次は、今後の楽園使徒への対応と兵站についてアンセル出納長からの報告です」


 ヨアヒムがアンセルに報告のバトンを引き継ごうとした時、会議室の扉がやや乱暴に叩かれた。


「辺境伯様、お待たせしました」

「クロードくん、解析が終わったよ。驚かないでね、今、お客様が来てるんだ」


 飛び込んできたハサネとソフィの慌てた様子に、クロードたちははてと首を傾げた。

 この緊急時に来客など、歓迎できるものではないはずだが……。

 促されて入室したのは、薄紫色のショートカットの髪とアーモンド形の同色の瞳、透き通るように白い肌が印象的な、青く輝くワンピースを着た少女だった。


「クロード、お久しぶり。ショーコだよ」

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