第602話(8-2)刻の攻防戦

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「でも、クローディアス。キミならば、必ずすべての〝顔なし竜ニーズヘッグ〟を討ち滅ぼすと信じていたよ。ボクの大切な黄金、最愛のドラゴンスレイヤー。ご褒美に、ボクと世界の半分をあげるよ」


 三白眼の細身青年クロードは、金髪赤眼の美少年ファヴニルの提案に肩をすくめた。


「ファヴニル。世界の半分をくれるだなんて、大盤振る舞いだな」


 クロードは軽口を叩きながら、周囲を見渡す。

 ファヴニルによって変容した世界。星の光は歪み、虫や鳥の声は無く、あらゆる生命の気配が感じられない。左腕に抱く薄墨色髪の和装少女セイもぴくりとも動かず、死人のように冷たかった。

 

「それとも、本物のクローディアスがソフィの瞳を傷つけたように……。僕の両目を潰して、闇の世界をプレゼントとでも言う気かよ?」


 薄闇の中で見えるのは、マラヤディヴァ国の陸海を覆う、七色に光り輝く虹の橋と、最奥にそびえ立つ世界樹だけ。

 クロードは、契約神器パートナーたる少女レアに呼びかけるも返答はなく、完全に追い詰められていた。

 

「クローディアス。何を言っているんだい。大好きなキミに、そんなことするはずがないだろう?」


 ファヴニルは、目が眩むような金色の髪をかき分け、宝石もかすむほどに輝く赤い瞳を細めて、磨き抜かれた大理石よりも白く美しい顔をほころばせた。


「もう少しロマンチックに考えようよ。ボク達は二人で運命を切り開いたのさ。この三日間、導きの塔を使ったことで、ボクもキミに相応ふさわしい最高の竜〝第一位級契約神器〟になったよ。ボクからキミを奪った忌まわしい妹、泥棒猫レギンも旧世界と一緒に滅ぶ。ようやく幸福な結末ハッピーエンドに辿り着いたんだ」


 クロードはファヴニルの勝手な言い分に、奥歯を強く噛み締めた。

 大地からエネルギーを奪う塔一〇基の破壊は成功したが、遅かったのか。

 果たして、世界が滅んだかどうかは不明だが、時間の流れは正常ではない。

 もはや打つ手は何もないのだろうか?


「さあ、クローディアス。もう一度契約を結ぼう? キミとボクとで古い世界を終わらせて、誰もが幸せになれる新しい世界を創ろうじゃないか?」


 否。クロードは、ファヴニルが差し出した手を払った。

 皮肉にもたった今、宿敵たる邪竜が証明してくれた。

 

「お断りだ。戦いは終わっていない。術式――〝抱擁者ファフナー〟――起動!」


 クロードは、切り札を開帳する。

 それは、彼とファヴニル、レギンレアの三者が抱く渇望ユメの具現。

 即ち、時間の巻き戻しだ。

 クロードは、ファヴニルの干渉で歪んだ世界を正すべく、魔力を振り絞った。


「クローディアス。認めたくないのはわかるけど、もう幕引きの時間なんだよ」

「だったら、中途半端にお前が出向く必要は無いはずだ。一緒に新しい世界を作ろうと言ったな。順番が違うだろう? 本当に世界を滅ぼしたのなら、僕ごと新しい世界を創ればいい!」

「なんてことを言うんだ。それじゃあ、キミがキミでなくなってしまう。ボクはそんなこと望んでいないっ」


 ファヴニルがあげた悲鳴は、ひょっとしたら本心だったかも知れない。


「ファヴニル。お前が〝導きまがつの塔〟を使って第一位級契約神器に進化し、ニーズヘッグを生贄に世界樹への入り口を開いたのは、真実その通りだろうよ」


 だが、クロードの選択は変わらない。


「でも、そこから先は話が別だ。三日程度の準備期間じゃ、世界を滅ぼすには足りなかったんじゃないか? 僕自身、この三年間に何度もやったことだからな。窮地の時ほど澄ました顔で笑ってみせる。ハッタリでも何でも使って、勝算を掴むんだ」

「たった今、この時みたいにかい?」

「そうだ、認めるよ。僕とお前は似ているけれど、決定的に違う。僕一人では、どうやってもお前に敵わなかった」


 クロードの断言に、ファヴニルの整った顔がぐしゃぐしゃと歪む。


「それでも、お前が世界を喰らう邪竜になると決めたように、僕は竜殺しになると決めた。僕の最大の目的はお前を倒すことだ。ファヴニル、僕はお前をぶん殴る為に、ここまでやってきた!」


 目つきの悪い青年の決意を聞いて、金髪赤眼の美少年は、歓喜と悲哀と憤怒の入り混じった表情で再び手を伸ばした。


「クローディアス。キミは負けるとわかって戦うのかっ。そうでないと納得しないのか。ボクの手をとれ、もう戦いは終わったんだっ」

「勝つつもりに決まっているだろう。皆に託されたオモイがあるんだ。世界が滅んだと言うなら、この手で取り返すまでだ。奪われたままじゃ終われない。だから、敢えて言おうか。――まだ、だ!」


 クロードは、これまでのニーズヘッグとの戦いを思い出す。

 ダヴィッドやベックを筆頭に、どいつもこいつも諦めが悪かった。

 しかし、一人ぼっちで吼え猛ったところで、確定した大勢は覆らない。


(たとえ想いが力になる魔法世界だとしても。否、だからこそ、新しい力に目覚めたとして、すぐに使いこなせるか? 新しい発想や手段に気づいたとして、活かせる手札は残っているか?)


 クロードが、当初ファヴニルの力をまるで使いこなせなかったように。

 ニーズヘッグ達が、強大無比な力を得てなお慢心から敗北を重ねたように。

 パワーアップすれば、万事が上手くいくなんて保障はどこにもない。

 それは、第一位級契約神器に進化したファヴニルにも言えることだ。


「ファヴニル。これが僕の辿った道筋だ。一人でなく、重ねた人々の意思であれば、運命すら変えるだろう!」


 クロードは時間の巻き戻しという魔術を用いて、ファヴニルを中心に固くねじれた刻の流れを少しずつ解してゆく。

 冷酷無比れいこくむひな自然の道理と、荒唐無稽こうとうむけい浪漫ロマンをよすがに、乱れた時空間を正すのだ。


「と、う、りょうどの」


 左腕に抱いたセイが、わずかに動いてクロードと一緒に右手を伸ばし。


「クロード!」

御主人クロードさま!」


 金色の虎耳が生えた狸猫娘と、青髪の侍女が、時空間を超えて二人の手を掴んだ。


「時よ動け。僕は、僕のいる世界を取り戻す!」


 その直後。大量のガラスを割るような轟音が響き渡り、時計の針は正常な運行に巻き戻った。


「レギン、アリス。この泥棒猫め!」

「お兄さまには言われたくない!」

「たぬっ、たぬう。悪党、クロードの隣に、お前の席はないたぬ!」

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