第60話(2-18)姫将、山賊軍を鎮圧す

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「鎮火結界起動!」


 セイがレアとソフィから預かった魔法符をかざすと、かつて汚染された川で使った解毒結界同様、彼女を中心に魔術文字が広がって、砦の炎を消してしまった。

 小山モットベイリーを繋ぐつり橋は、幸いにも機能した。が、入り口にあたるつり橋は壊れてしまっていたため、天守館から持ち出した資材で修復、どうにか使えるよう工作するのに、若干の時間がかかってしまった。

 その間に、セイたちは馬を引いて階段から降ろし、弾丸を再配布するなど装備を整えていた。

 ふと気になったことがあって、セイは周囲の隊員に尋ねてみた。


「ゴルトの傍にいたクマだが、見たところ私の知るどの熊にも似ていないが、どういった種なのだろう?」

「サイズはまったく違いますが、胸部に明るい淡白色の三日月状の模様がありましたから、隣領の森に住む太陽クマと言われる種だと思います」

「本来なら全長一メルカより少し大きいくらいの、虫や木の実を食べる人懐っこいクマなんです。あんなに大きいはずがない。遺跡ダンジョンに迷い込んで変質したか、徘徊ワンダリングモンスターが擬態ぎたいしているんじゃないかって」

「ほう。やはり世界は広いのだなあ」


 などとセイが感心している間に、つり橋の修理が終わった。


「オーニータウン守備隊出撃する!」


 セイたちは全員馬に騎乗し、レ式魔銃には弾丸をこめた上で銃剣をつけた。

 そして、『∧』の形をとる、いわゆる偃月陣えんげつじんを組んで、颯爽さっそうと山賊軍への突撃を始めた。

 これは、隊長を先頭に、一丸となって切り込むことを想定した攻撃的な陣形である。


「セイ隊長、ゴルト隊が来ます」

「なんだあいつ、クマの上に腰掛けてるのか?」

「っ、ここにきて鋒矢陣ほうしじんだと!?」


 ゴルトが採ったのは、『↑』の形に兵を編成し、後部に大将を配置して部隊指揮をとる鋒矢陣だ。

 強力な突破力を持つ反面、柔軟な駆動には完全に適さない、突撃一本槍を意図した超攻撃的な陣形だった。

 槍衾プッシュ・オブ・パイクを組んだ長槍部隊を前面に押し立てて、魔法による脚力強化や矢避けの加護を重ねながら、弩や剣で武装した集団が後に続く。彼らはまるで放たれた矢のように、ただ真っ直ぐにセイたちを目指して前進してきた。


「この短時間で立て直すとは、やはり侮れない男!」


 銃剣をつけているといえ、銃と長槍では、リーチ差が歴然だ。正面衝突すれば被害は甚大なものとなるだろう。

 セイは、巧妙に部隊進路をずらして、ゴルトのいる中軍、即ち敵指揮官直属部隊をかすめるように部隊先頭で馬を駆った。

 先陣をきるセイと、最後尾を守るゴルト。

 馬上から斬り込まれた太刀と、熊上で振り回される大斧が噛み合って、火花を散らす。


「ゴルト殿、見事な采配、感服するっ」

「セイさん、アンタこそ恐ろしい将だ。アンタが敵で武者震いが止まらねえっ」


 馬の疾走を急に止めることは叶わない。

 セイ隊は、大将同士が刃を交えた後、ある程度の距離を走った上で反転した。

 馬から降りた兵士が銃弾や虎の子の対神器用弾頭を撃ったものの、ゴルト率いる盟約者たちが、神器で雷の壁や魔法の盾を時間差で次々と生み出して、銃撃を無力化してしまう。


「全員、敵の再接近に備えろ」

「ゴルト隊、振り返りません。直進を続けています」

「謀られた!? ゴルト殿の意図は退却だったか。鋒矢陣で突撃してくるなんて、無茶な真似をする――」


 ゴルトからすれば、セイおまえに言われたくはない、といったところだろう。


「セイ隊長。残りすべての対神器用弾頭を叩き込めば、あの兵達を討てます。ご命令をっ」

「……駄目だっ。小兵に関わるな。敵主力への攻撃を第一目的とする」


 セイは、ゴルト隊を見逃すことにした。

 山賊軍に比べ、兵数に劣るのが守備隊の弱点だ。

 鋒矢陣の弱点は、確かに背面および側面にあり、攻撃を続ければ契約神器の加護さえ貫くことができるだろう。

 だが、ここで部隊長のゴルト一人を討つために、時間と余力を使い果たしまうことは、何よりの下策に他ならない。

 下手に時間を与えれば、山賊軍本隊を率いるアーカムが立て直して、数に劣るこちらを呑みこもうとする可能性もあるからだ。

 ゴルト隊は悠々と射程外へと逃れ、セイたちは、信じられないものを見た。


「なんだっ、あれは!?」


 太陽クマが自走式の馬車を思わせる形に巨大化して、ゴルト隊の全員が乗り込んで、逃走を始めたのである。


「魔法とは底知れない力だな。見えない部隊の移動手段は、アレだったのか」


(ゴルト・トイフェル。勝った気がしない。勝負は預けたぞ)


 オーニータウン守備隊は、まだ馬上で銃を撃つことができない。

 どうしても揺れて照準が定まらず、同士討ちなどやらかした場合、目もあてられないからだ。


(……棟梁殿やレア殿、ソフィ殿がせっかく作ってくれた兵器を、生かすことができなかったことが残念だ。馬上でも流鏑馬やぶさめが可能な、騎乗銃兵の育成が必要か)


 教訓は次に生かすまでとセイは前向きに受け止めて、号令を発した。


「突撃!」


 鬨の声を上げて、騎乗した守備隊が、銃剣をつけた長銃を手に、敵へと突っ込んでゆく。

 クロードの生まれ育った世界、地球では四輪車事故における死者は、時速三〇km以上六〇km未満の中速域が全体のおよそ半分を占めるという。

 速度とはエネルギーであり、触れたものはそれだけで死ぬ。ましてや、その速度で、鋭利な刃物を突き立てられればどうなるか。……答えは、火を見るより明らかだった。

 ゴルトが離脱し、まともな防御陣形さえ維持できなくなった山賊軍は、まるでナイフに切り刻まれるチーズのように容易く打ち倒された。

 長槍を持つ敵がいた。弩を持つ敵がいた。しかし、全体行動が取れなくなった部隊は己の武器さえ生かすことが出来ず、長槍を銃剣で半ばから断ち切られ、弩をあさっての方向に撃ちはなち、ついには壊走を始めてしまう。

 オーニータウンの東、西、南から、イヌヴェ、サムエル、キジー、アリスの率いる守備隊が加勢して兵数さえも逆転した。


「おのれおのれおのれ。小娘が、小国の劣等民族が、選ばれた存在、パラディースの使徒に逆らうのか? 永遠にわび続けろぉっ」

「今侵略を働いているのは、お前たちだ。おとなしく縄につくがいい」


 山賊軍にとって不幸だったのは、錯乱したアーカム・トイフェルが、降伏すら受け入れなかったことだろう。

 彼らはうち減らされて捕縛されながらも、北へ北へと走り続けた。


「まだ終わりじゃない。お前たち、領都レーフォンまで走れ。焼き払え。町も、領も、国も、世界も、皆我らのものだ。オレたちのものをどうしようが、オレたちの勝手だろう!?」

「いいや、終わりだよ。アーカム・トイフェル。そして、山賊軍」


 中空から伸びた鋼の鎖がアーカムの四肢に巻きついて、バランスを崩した彼はすっころんだ。


「セイが引きつけてくれた時間で、他の代官達を全員拘束することができた。共和国の経済植民地としてのレーベンヒェルム領は、今日この日をもって解放された」


 八柱の龍が描かれた日本式甲冑を身につけ、峰が焼け焦げた白木柄の日本刀を構えた一人の少年が鎖を繰りながら、ゆっくりと歩を進めた。


「レーベンヒェルムの大地は、ここで生まれ、ここで死に行くマラヤディヴァの血に連なる民のものだ。身勝手な侵略者なんて、最初からおよびじゃないんだよ」

「悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムぅうううっ!」


 クロードの宣言と、アーカムの憎悪をこめた絶叫が――、叛乱の幕引きを告げていた。

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