第59話(2-17)姫将と金鬼
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オーニータウン守備隊と山賊軍の決戦も、いよいよ決着を迎えようとしていた。
セイとゴルトの一騎討ちの結果、偶然にも
「愚かな劣等民族どもよ聞けっ。我々はすでに本陣を陥落させ、小娘は討ち取った。降伏するがいい!」
ゴルトの偽報、呼びかけに対する反応は、以下の通りだった。
はじめに、町の東部で市街戦を展開していたイヌヴェの隊は、誰もが怒りで顔を赤く染めて、激情に打ち震えた。
「セイ隊長が殺害された?」
「俺達の希望をっ、我々の母親になってくれたかもしれない御方をっ、よくもぉおおっ」
「撃て撃て撃てぇっ」
隊員の中には、劇的な反応を示したものもいて――。
この場にセイがいなかったのは、彼女にとっても彼らにとっても、幸運といえるだろう。
逆上したイヌヴェの隊は、壊走する山賊軍をどこまでも追いかけ、鉄砲を撃ち放った。
一方、西部農業地区で山賊の撃退に成功し、防衛を固めていたサムエルの隊は、ゴルトの勝利宣言を半信半疑で受け止めた。
「隊長殿が、そう簡単にくたばるタマかねえ? 妙に危ういところはあったが……」
「だがよ、サムエル。もし万が一本当だったとしたら、テメェの女を殺された辺境伯はどんな顔をすると思う?」
「まずい。敵軍くらい討たないと、こっちのクビが飛ぶな」
サムエルは、追撃に入ると通信貝に向かって宣言。手馴れた動きで、追撃を始めた。
最後に代官館で燃えおちる砦の
アリスが、黄金色の毛玉のような体を弾ませて、小躍りしていたからである。
「作戦通りたぬ。セイちゃんが手はずどおり砦を爆破して、今こそまさに攻撃のチャンスたぬ」
「で、でもアリス副長。セイ隊長の通信貝が敵の手に奪われています」
「きっと落っことしたぬ。セイちゃんもうっかりさんたぬ」
いや、セイ隊長はアリス副長よりしっかりしてますよ!
と、思わず総出でツッコミを入れようとした隊員たちだが、案外正しいのかもしれないと思い直した。
高所にある代官館からは、天守であるプレハブ小屋が未だ健在だと、遠目ながらも確認できたからだ。
「さあ、おでかけたぬよ」
部隊の半数、二〇名を自警団の監視と民間人の防衛に残して、アリス&キジー隊はマイペースに突撃を開始した。
――
―――
「駄目だな。アーカム叔父貴、連中はまるで聞いちゃいない」
セイの砦を囮にした火計によって、守備隊砦攻略に参加した山賊軍の半数が死亡、もしくは生死に関わる重傷を負った。
相棒の巨大熊に救出されたゴルトもまた火傷に
「こっちの勢いは完全にくじかれた。シーアン叔父貴からの連絡も途絶えて、東西の攻撃部隊は敗走している。このままだと追っかけてくる守備隊に、四方を囲まれて全滅すっぞ」
「ゆ、許されない。許されるはずがなぁい。強者こそが正しいのだ。世界の先端を走る巨大国家、西部連邦人民共和国が正義なのだ。その、選ばれた強者であるオレ達が、よりにもよってあんな小娘風情に負けるだと? そんなはずがないだろう。なあ、ゴルトォオオオッ」
叔父であるアーカムが、ガマガエルに似た腹を揺らし、己の肩を掴んで喚く見苦しい光景を、ゴルトは冷ややかな目で見ていた。
兵数は、まだ山賊軍が勝っている。だが肝心の兵士達の心がへし折れていた。こんなお通夜みたいな士気では、戦闘の続行は不可能だ。
ならば逃亡するのか? いったいどこへ? 共和国が租借した十竜港へは、辺境伯の本拠地である領都レーフォンを越えなければ入れない。
生き延びる可能性を検討するならば、むしろ分散して他領へと逃れ、潜伏するべきだろう。
だが、それすらも、この場を脱出しなければ不可能だ。
「アーカム叔父貴。奪いたいものは好きに奪え。壊したいものは好きに壊せ。
「なにか策があるのか、ゴルト? あの忌まわしい小娘に、身の程を思い知らせる手段を思いついたのか?」
すがるように見上げるアーカムに対し、ゴルトは冷ややかに言い捨てた。
「おいは、おいの仲間と生きる。アンタは好きにするといい」
「み、見捨てるのか、ゴルト。血の繋がった叔父であるオレとアニキを?」
「アーカム・トイフェル! アンタとシーアンが父者を殺し、母者を犯して狂わせた日から、おいは、この体に流れる血がずっと憎かった!」
ゴルトは、アーカムを大斧の柄で殴りつけて黙らせた。
父母の仇だった。だが、育ての親ではあった。だから、ゴルトは己が手で命を奪うことはしなかった。
ゴルト・トイフェルは、良き父と良き母の間に生まれ、畜生に育てられようとも、
彼が砦を見れば、すでに火は消えている。もう時間は無いだろう。守備隊長、セイの追撃が来る。
「……弔ってやれず、すまんな」
死んだ仲間達の名前と顔を胸に刻みこんで、ゴルトは
「皆聞けぇっ。おいは今日限りでパラディース教団とは縁を切る。生きる気力のあるヤツはついて来い。もっと楽しい戦場で、殺したり殺されたりしようじゃないか!」
ゴルトの誘いを、アーカムが雇った私兵の大半は、死んだ魚のような目で聞き流すばかりだった。
だが、ゴルトと共に戦場を駆けた戦友の生き残りと、私兵の中にもわずかながら呼びかけに応える者がいた。
「ああ、嫌だ。クソッタレた教団の、クソッタレた
「素晴らしい戦場があるはずだ。もっと華々しくで愉快で痛快な逝き場所があるはずだ。それまでくたばってたまるものか」
「ゴルト隊長。でも、逃げ場なんてどこにあるんですか?」
「おう、あるともよ。おいの言うとおりに陣形をつくれ。目標は敵主力部隊。突撃して、退却すっぞ!」
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