第五部/第七章 無敵要塞線の攻防
第423話(5ー61)クロードの決断
423
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)。
アリス・ヤツフサとオットー・アルテアンら大同盟精鋭部隊が、デルタ率いるネオジェネシス北軍を抑えこみ――。
姫将軍セイ、参謀長ヨアヒム、出納長アンセルがユーツ領の将兵、民草の力を借りて、ゴルト・トイフェルらの猛攻を防いでいた頃――。
クロードは、レーベンヒェルム領領都レーフォンで、女執事ソフィ、
「ロロン提督。セイが、僕の指示に従えと言ったって?」
「はい。司令は、貴方様を信じていると仰いました」
クロードは、港で白髪の偉丈夫から伝言を受け取るや、
『ヴォルノー島到着後は、棟梁殿の指示に従って欲しい』
クロードにも、セイが敢えて判断を委ねたことはわかった。
(どういうことだ? ネオジェネシスが大軍で二方向から攻めてきているんだぞ。犠牲を抑えるなら、負傷兵と新兵ばかりのセイの応援に行く方が、正しいに決まっているじゃないか)
クロードは、思考を加速させる。
ひとまずアリス達精鋭部隊に合流、ネオジェネシス北軍を早期に打ち破って、その後にセイ達の救援に向かう。
若干(じゃっかん)博打ではあるが、その方が、結果として犠牲者が少なくなるかも知れない。
(わからない。正しいのは、どちらの作戦だ?)
クロードは、ひとまずロロン提督に再出港の準備を任せ、領役所の執務室に戻った。
彼は通信用の水晶玉を取り出すも、悩みのあまり机に突っ伏した。
大同盟軍は、およそ一か月前に
後方のヴォルノー島に控えていた戦力も、先の
領都の中心部からは外れているとはいえ、橋や道路、港といった交通網も寸断されている。
(現在の戦力は限られている)
ネオジェネシスばかりでなく、他国への備えだって必要だろう。
また鉄道網と十竜港を備え、補給の要である領都レーフォンの復旧は急務だ。
もしも滞れば、内戦の続行すら覚束ない。
(守戦に長けたコンラード・リングバリ隊長は防衛に回ってもらう。それにエリックやハサネさん、ヴォルノー島の軍勢は動かせない)
今、クロードが差配できる戦力は――。
セイが援軍に派遣してくれた大同盟艦隊と、イヌヴェ達騎馬鉄砲隊を主力に、負傷から回復した兵士達をかき集めて、一万人に満たないだろう。
(前線から入った情報じゃあ、ネオジェネシスは、北軍も南軍も三万ずつ。こちらも二つに分ければジリ貧だ。助けられるのはアリスか、セイのどちらかだけ……)
クロードは水晶玉を握り、離し、握っては離す。
彼はこの究極の選択に、答えるすべを持たなかった。
「クロードくん、お茶を持ってきたよ」
その時、まるで運命が音を立てるかのように、執務室のドアが叩かれた。
ソフィが、いつもの改造した執事服を身につけて、紅茶の入ったお盆を手に顔を出したのだ。
彼女の肩には、手のひらサイズとなった青髪のメイドがちょこんと腰掛けていた。レアである。
「
「何かあったのなら、教えてよ。どーんと力になっちゃうよ」
「レア、ソフィ。実は……」
クロードは、心の内を正直に打ち明けた。
ずっと一緒にいてくれた二人だからこそ、共に答えを出したかった。
「僕は怖い。
クロードは呻くように呟いた。
レアは気まずそうに沈黙を守っている。
ソフィは、そっと紅茶を入れたカップを差し出した。
「ありがとう。いただくよ」
クロードが口に含むと、爽やかな香りが胸を満たした。熱気と共に、濁っていた心が洗い流されるような、そんな晴れやかな気持ちになった。
「美味しい」
「ふふ、今日のは自信作なんだよ」
「御安心ください。ちゃんと私がついて監督しましたから」
「ああっ、言っちゃった」
レアは、小さくなってしまったものの、積極的に手伝ってくれていた。
ひょっとしたら、これまでは影で支えてくれていたのが、ソフィとコンビを組むことで、より目立つようになったのかも知れない。
レアは本体である貝殻の半分を奪われたことで、第三位級契約神器としての力は振るえなくなっていた。
しかしそんなことより、無事を喜ぶ者の方が遥かに多かった。
「
レアはソフィの肩から降りて、クロードの親指に抱きついた。
青髪の侍女は、何かを言おうとして、口ごもってしまう。
だからだろうか、赤髪の女執事が引き継ぐように口を開いた。
「クロードくん。たぶん、アリスちゃんもセイちゃんも、どちらを選んでも恨みっこないと思うよ」
それに、と、誰よりも家族を見続けてきた少女は続ける。
「わたしが紅茶を上達したみたいに、たぶん、アリスちゃんもセイちゃんも、クロードくんにイイところ見せたいはずだから」
クロードは、ソフィの言葉に目を丸くした。
背を震わせるように、大きく息を吸って吐いた。
「そうだった。僕は何を思いあがっていたんだ……」
クロードは、英雄ではない。
彼は大勢の仲間に、領民たちに支えられているからこそ、これまでも危機を乗り越えることが出来たのだ。ならば考えるべき答えとは何なのか?
「セイが僕に託したのは、どっちを選ぶのが正解か、じゃない。アリスと二人で稼いでくれる時間で、何をするかを委ねられたんだ」
クロードは、作戦と編成案をメモに書き殴り始めた。
「レア、ソフィ。皆を集めてくれ。僕達が目指すのは、港町ビズヒルだ。手薄になったネオジェネシスの本拠地、エングホルム領エンガと、ユーツ領ユテスを落とし、内戦を終わらせる!」
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