第422話(5ー60)ユーツ領・ユングヴィ領防衛戦

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 セイは幾度も跳躍しながら隙を狙い、鋭い太刀がゴルトの髪や皮膚をかすめた。

 一方、巨漢の大斧は紫の雷を浴びて嵐のように叩きつけられ、護符で守られた麗人の鎧を砕いてゆく。

 幾度も刃を重ねる内に、セイがつい尋ねてしまった疑問に、ゴルトは辛子色の髪を雷で逆立てて断言した。

 ネオジェネシスが民間人を食料として食らうことなどあり得ない。問いかけ自体が、戦友達への侮辱だとも――。


棟梁クロード殿の判断は正しかったか」


 セイは朝焼けの陽射しを浴びて銀色に染まった髪の下、葡萄色の瞳を細めた。

 太刀を構えたまま、ゆっくりと息を吐く。

 ゴルトもまた一騎討ちを中断して、大斧を肩に担いだ。

 ネオジェネシスの兵士達は、崖上で向かい合うセイとゴルトを取り巻きながらも、手を出すことなく見守っていた。


「……失言を詫びよう、ゴルト殿。私は、ネオジェネシスとは、ブロル・ハリアンが己が恨みを晴らす為に生みだした子供達だと認識していた」

「だったら、直接聞いてみるといい」


 ゴルトの許可を得て、一人のネオジェネシス兵がおそるおそる踏みだした。


姫将軍ひしょうぐんの心配はもっともでしょう。我々は創造主様、我らが父の憎しみ、怒り、絶望を受け継いでいます。この世には、法で裁かれることの無い邪悪が存在する。我々は、それを食らうことにためらいはありません。しかし」


 白髪白眼の兵士は、胸を張って言い切った。


「邪悪でないものを食らうことは創造主様より禁じられていますし、我々自身がそうしたいとも思いません。大同盟には怒りもあるし、恐れもあります。同時に、尊敬もしています。我々は貴方たちに勝ちたい。勝って――我らの素晴らしさを知り、同胞になって欲しい」


 セイは、ネオジェネシスの価値観を危ういと感じたが、同時に、それが彼らのものであると受け容れた。


「皮肉だな。ダヴィッドが作った緋色革命軍マラヤ・エカルラートより、ずっと理性的じゃないか。マスケット銃のような武器を使い、地下を掘るなどといった戦術を用いるのもその為か?」

「ええ。より強くなる手段があるなら、学び求めるきでしょう。ベータ兄様のように拳を鍛える集団もいますが、そこは個性というものです」


 セイは胸に痛みを感じた。

 ネオジェネシスは社会性を獲得し、その上で個性を尊重している。

 これまで戦ってきた、他の価値観の一切を認めなかった狂信者や詐欺師達に比べれば、はるかに真っ当だ。


「棟梁殿は、ベータ殿を尊敬していたよ」

「ベータ兄様も、クローディアス・レーベンヒェルムを素晴らしい敵手だったと、我らに伝えました」

「そうか……」


 ゴルトは、無精髭の浮いたあごをかいてニヤニヤと笑っていた。

 セイはいまや完全に包囲されていた。問答に付き合ったのは、時間稼ぎこみだろう。

 

「そういうわけだ姫将軍。降伏してくれると有り難いんだがね」

「残念ながら二つの理由から無理だ。ひとつは、ネオジェネシスの後ろには、最も邪悪な竜ファヴニルがいるからだ。そしてもうひとつ、〝万人敵ばんにんてき〟よ、お前は『戦いを続けたい』のだろう? 私は、『戦いを終わらせたい』のだ」

「やはり相容れんかねっ」


 セイは太刀を突き出すように前進し、ゴルトは大斧で引き込むようにそらす。


「強めの一撃、いくぜ。術式――〝雷迅〟――起動!」


 ゴルトは大斧を横薙ぎに振るい、雷の波が崖に面した山の木々を粉砕した。

 セイは膨大なエネルギーの暴力に吹き飛ばされるも、太刀で地面を斬りつけて魔術文字を刻み、崖へと無理矢理に方向転換した。


「さらばだ、ゴルト、ネオジェネシス。また逢おうっ」


 崖口には、アンセルが必死の形相でこぐ飛行自転車が待ち受けていた。

 荷台に着地したセイは、悠々と戦場を後にする。


「ふはっ。時間稼ぎはお互い様だったか。野郎ども、追撃をかけるぞ」


 ゴルトは一〇〇〇体の部下と共に崖を駆け下りて、セイに追いすがった。

 しかし、彼らはいつしか突風が吹き荒れる荒野に迷い込み、次に灼熱の日射しが照りつける砂漠へ転がり出て、更には荒波が押し寄せる海上へと誘われる。


「ゴルト様、これはいったい?」

「慌てるな、幻じゃ。第六位級契約神器ルーンロッドの力じゃろう」


 ゴルトはすぐさま幻影と看破して、紫の雷を周囲に振りまいて破却した。


「ったく、契約神器の使い方にも慣れたってことかね。楽しくはあるが、悩ましいぜ」


 ネオジェネシスが、ヨアヒムの仕掛けた罠を突破した時には、セイと大同盟はすでに安全圏へと退避していた。


「まあ、いいさ。おいは首都クラン陥落を目指すだけ。ブロルよ、クローディアスと存分にやり合うといい。きっと楽しいぞ」


 セイは、ゴルトの万感の呟きを知ることはなく、飛行自転車の荷台に腰掛けていた。


「棟梁殿がやってきたことが、ようやく実を結ぼうとしているのだ。ならば私は伴侶として、一〇〇の策、一〇〇〇の策を講じよう。どうやら今の私は〝勝つ〟のではなく〝守る〟為に戦うのも、好いているらしいからな」

「惚気ありがとうございます。すみません、もう少しで墜落します……」


 アンセル・リードホルムは奇襲と撤退からの上司救出で完全に息が上がっていた。


「え、嘘だろう? 棟梁殿ならもっと飛んでいられるぞ?」

「愛の力だか根性だか知りませんが、ああも無茶をやれるのは辺境伯様だけですからね!」

「と、棟梁殿、あとは任せたぞ!」


 悲鳴をあげて落下した二人だが、予め落っこちるだろうと読んでいたヨアヒムによって、無事回収された。


「リーダー、びしっと決めてくださいよ」


 セイとゴルト、実力伯仲した指揮官によってユーツ領・ユングヴィ領を巡る戦いは膠着する。

 そうして様々な思惑が渦巻く中……。

 大同盟代表クロードは、ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンを目指して、真っ直ぐに軍を進めていた。


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