第421話(5-59)セイとゴルトの一騎討ち

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 セイ達の補給拠点奇襲が成功に終わった、まさにその瞬間――。

 ネオジェネシスが擁する常勝将軍〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルは、熊にまたがりキャンプへ突入してきた。

 彼の背後にはウジに乗った白髪白眼の騎馬兵もどきが一〇〇〇騎ほど付き従い、足場の悪い過酷な山道をまるで平地でも走るかのように踏破してくる。


「ああ、もうっ」


 参謀長ヨアヒムは、高所の倉庫を焼いていたが故に、真っ先に敵の襲撃を知って、ソフトモヒカンで固めた頭を抱えた。


「なんで崖の上にキャンプと思いきや、ネオジェネシスは、本当に人間離れしてるっすね……!」

「そういや、アイツら人間の〝次世代〟を継ぐ者を自称していたっけ」


 ヨアヒムの隣で通信作業中だったアンセルは、すぐさま愛用の契約神器でセイに事情を伝えた後、物陰に隠した飛行自転車を引っ張り出した。

 

「だとしても、手際が良すぎる。敵にもぼくと同じ通信の専門家がいるんだろう。ひょっとしたら、ぼく達は罠にはめられたのかも知れない」


 アンセルの見立ては正しかった。

 ゴルト・トイフェルは、セイのゲリラ戦術に対抗すべく、専用の神器や魔術道具を備えて通信に特化した部隊を組織していた。

 その上で、有事となればすぐ駆けつけられるよう、機動部隊を鍛えていたのだ。

 人間では移動困難なキャンプを各地に作ったのは、セイと大同盟を誘いこむ為の罠に他ならない。


「ゴルトが来たか。一〇〇〇の兵を相手には出来ん、撤退する!」


 セイは宙に浮かぶ数珠めいた端末から連絡を受けるや、すぐさま撤退命令を下して手仕舞いにかかった。

 彼女の部下達は慣れた手つきで、退却の合図である銅鑼ドラを鳴らし、視覚阻害用の煙幕えんまくいて離脱にかかった。


「撤退なら、おれたちの出番っす。皆、打ち合わせ通りにやるっすよ」


 ヨアヒムは搭乗していた三次元輸送車両オボログルマの懸架台から、パワードスーツを着せたゴーレムを引っ張り出した。


「まずは第一段階、と」


 ヨアヒムが魔術文字を刻むと、鹵獲ろかくしたアリ型装甲服を着せたゴーレム達が機敏な動きで走り出し、山道を登攀とうはんしてくるネオジェネシスへと立ち向かっていった。


「鎧人形、皆を守って欲しいっす」


 ヨアヒムは怒るでもなく悲しむわけでも無い複雑な表情で、ゴーレムを見送った。

 元はと言えば、緋色革命軍マラヤ・エカルラートの将軍であったゴルト・トイフェルが、アンドルー・チョーカーを殺害した際に用いた兵器である。

 ソフィやショーコ達が研究を重ねたことで、大同盟でも運用が可能となっていたが、使用する際にはどうしても亡くなったお調子者を思い浮かべてしまう。


「ふははっ、二度も同じ手は食わんっ」


 おまけに、さしものパワードスーツでも、迫りくるゴルトを相手取るにはいささか非力だったらしい。

 牛のごとき異相の大男が、熊の背上から雷を帯びた大斧を叩きつけるや、重い音が響いて、鎧もろともに両断されてしまった。


「人形相手ではつまらんぞ、お客人。せっかく来たんじゃ、もう少しゆっくりしていけ」


 ゴルトが獰猛な笑みを浮かべて吠えるが、アンセルもヨアヒムも、彼とのお付き合いはまっぴらごめんだった。


「無理無理、むちゃいうな。今の辺境伯様がこの前ようやく倒した相手だぞ。馬鹿正直に相手なんて出来るか」

「リーダーも昔は弱かったんすけどね。おれも勘弁して欲しいっす」


 アンセル、ヨアヒムはゴルトの挑発に応じることなく、部下の兵士達を手早くまとめて退却を開始した。

 奇襲部隊はいそいそと飛行自転車やオボログルマに乗り込んで、死地となったキャンプ場から逃げ出してゆく。


「逃げ足ばかりは一丁前か。皆のもの、回り込め」


 ネオジェネシスの騎馬隊もどきが、慌てて包囲にかかるが……。

 この作戦に加わった大同盟兵士達もまた、〝血の湖〟をはじめとする強敵との激戦を越えてきたベテランである。

 腕が立つのは勿論だが、それ以上に逃げ足にも長けている。

 結局、ゴルトが追いつくことが出来たのは、部下を庇って殿軍しんがりを引き受けたセイだけだった。


「待てセイ。戦場こそが我らの生き場所じゃろうがっ」

「悪いなゴルト殿。あいにく私は、棟梁殿といちゃつく方が好きなのさ」


 ゴルトは熊から跳躍して着地すると、紫電をまとって障害物を蹴散らしながら、セイへと追いすがる。

 二人が向かう先には、きりたった崖が待ち受けていた。

 銀髪の少女は追い詰められる寸前、振り返りざまに太刀を振るい、自らに迫る大斧の軌道を逸らして見せた。

 しかし、ゴルトの契約神器たる大斧からは紫の雷が迸る。


「難儀な、ことだっ」


 セイは、鎧下に仕込んだレアとソフィ謹製の魔除の呪符で耐え忍んだ。

 彼女は、姿勢を低くしながらゴルトの死角へと逃れ、絶え間なく攻撃することで事態を打開しようとする。

 それを見たネオジェネシス兵が助力しようと銃を構えるも、ゴルトは却下して歓喜と共に戦闘を続行した。


「こいつは一騎討ちだ。他の者は手を出すなっ」


 ネオジェネシスの兵士達は頷いて、破壊されたキャンプから同胞達を救出し始める。

 指揮官としては互角だが、戦士としてはゴルトがセイに勝るだろう。

 その上の判断と言えばそうだろうが、不死身の人食い怪物とは思えない理性的で、秩序だった行動だった。

 セイは張り詰めた空気の中、ゴルトを相手に切り結び、つい尋ねてしまった。


「私が兵糧を焼いておいて何だが……。万人敵よ、ネオジェネシスには他の戦い方だってあるだろう? たとえばユーツ領の民草達を食らえば、食料の心配だっていらないのではないか?」

「おい、姫将軍。お前はおいの戦友達を侮辱しているのか? そのような愚かな真似は、もはや戦争ではあるまい?」

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