第584話(7-77)イオーシフ・ヴォローニンの真意

584


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日の夜明け前。

 三白眼の細身青年クロードは、黄金の竜人ダヴィッド・リードホルムと決着をつけ因縁を清算した。


「地獄へ堕ちろ」

「あ、ああああっ。こんな終わりなんて認めんぞおっ」


 邪竜ファヴニルの手先として、〝緋色革命軍マラヤ・エカルラート〟を組織し、何十何百万もの人々を不幸に陥れた暴君は、自らの手で奪った飛行要塞に生命力と魔力を食われ、石となって砕け散った。


「もう墓の下から、さまよいでてくるなよ」


 クロードが冷ややかな目で二度目の最期を見送ると、ダヴィッドが消滅した影響は即座に現れた。

 要塞内部に充満しつつあった、赤や黄色の毒ガスが止まり、灼熱の溶岩が冷えて固まり、暴れるサンドゴーレムや自動迎撃装置も砂となって崩れ去ったのだ。


「ガッちゃん、やったぬ。たぬ達の勝利たぬ」

「バウワウっ(アリスちゃんと大勝利!)」


 金色の大虎アリス・ヤツフサが、契約した神器である銀色の巨犬ガルムと、肉球のついた前足を重ねてニャンニャンワンワンと愉快なダンスを披露し――。


「やったああ、みんな、お疲れ様!」

『気を抜くのはまだ早い。あれ幽体が薄く、ちょ、まだ成仏できわせんわあ』


 薄桃色がかった金髪の少女ミズキは騎兵銃を投げ出してピースサインを決め、青白く光る妖刀ムラマサはやいのやいのと騒ぎたて――。


「ハハッ、生き残ったぞ。この経験は次の研究に生かせ、ズンドカポーン!」

「「教授、なにその喜びの表現!?」」


 トーシュ教授はテンションがおかしくなってメモ帳に何やら書き綴り、弟子の生徒たちは汗の匂いがこもる灼熱の機関室から出てぶっ倒れた。


「ダヴィッド、馬鹿なやつ。お前はファヴニルにとって、〝使い捨ての道具ハンカチ〟だったのに」


 ドレッドロックスヘアの目立つ隻眼隻腕の剣客ドゥーエだけは、かつての同志を哀れんで黙祷した。


「我が友よ。ダヴィッドが邪竜と巫女に見出だされたのは事実ですが、他の誰でもない彼自身が、都合の良い鉄砲玉になることを選んだのです。貴方が心を痛める必要はありません」


 イオーシフの砂像は、そう言って親友を慰めたが……。


「そうだね。これは、ダヴィッド自身が選んだ結末だ。でもイオーシフ、アンタこそいったい何をやりたかったんだ?」


 クロードは元〝赤い導家士どうけし〟の指導者に、両手に握った二本の刀を向けた。


「アンタは言った。ダヴィッドに殺されることで、ファヴニルに束縛された肉体から自由になり、意識をその砂像へ移したんだって」


 イオーシフは入念に準備を重ね、ダヴィッドを一度は救出までして、自身の計画を完遂した。


「アンタを殺して呪われる役割は、本当は僕を想定していたんじゃないか?」

「よく気づかれましたね。貴方が不甲斐ない時は、そうするつもりでしたよ。私すら越えられない男なら、邪竜を倒せるはずもない。もし辺境伯を選んだ我が友の目が曇っていたなら、その時は……」


 イオーシフの砂像は、邪気のない顔でとんでもないことを言い放った。


「私は、貴方と第三位級契約神器レギンを要塞に取り込んで〝融合体〟となり、邪竜ファヴニルへ特攻するつもりでした」


 実にろくでもない計画だ。クロードの後ろ髪に結ばれた、レアが変身した髪飾りが怒りのあまりぶるぶると震えた。


「イオーシフ。その計画じゃあ、ファヴニルに自壊させられるとは思わなかったのか?」

「それならそれで構いませんよ。私というコントロールを失えば、これだけの質量を持つ〝融合体〟が爆発することになる。そうなれば、マラヤディヴァ国と引き換えに邪竜を滅ぼせるではありませんか。悪くないギャンブルでしょう?」


 クロードは、イオーシフを〝悪党〟と呼んだドゥーエの評価が、正しいと思い知った。

 思い起こせば、三年前の領都レーフォン攻防戦の際も、イオーシフの手勢が人身売買を目論んでいたと、彼の部下であったイヌヴェとキジーが証言している。


「イオーシフ。アンタにとって、救世と悪逆は矛盾しないんだね。僕はそんなお前が嫌いだよ」

「おや残念。私は貴方が好きですよ。でなければ、ヒントなんて残しませんよ」


 イオーシフはそううぞぶいたが、ドゥーエは唯一残された右目でじっとりと見据えた。


「イオーシフの旦那。ありゃあ、クロードに苅谷近衛コーネ・カリヤスクを真似したサンドゴーレムを倒されたから、腹をくくっただけじゃないのかい?」


 確かに、〝赤い小物〟という目に見えるヒントが出たのは、男装先輩を模したゴーレム戦後である。


「さて御一堂、私が味方であることは御理解いただけたと思いますが……」

「「って、スルーかい」」


 クロードとドゥーエがツッコミを入れると、イオーシフの砂像はひょいと肩をすくめて、胸元から赤いハンカチーフを取り出した。


「もう少し会話を楽しみたかったのですが、時間がないのですよ」


 イオーシフが寂しげに微笑むと、彼の口角と頬が削げて、さらさらの砂粒となって崩れ去った。


「お、おいっ。イオーシフ、身体が崩れているぞっ……」

「なに、私は元より死人。夢の時間が終わるだけです。ダヴィッドが消滅しても、まだエカルド・ベックがいる。元代表として、部下が犯した失態の責任を取らねばならない」


 イオーシフの砂像はドゥーエと握手を交わし、契約神器の中枢たるハンカチーフを手渡した。

 ただそれだけで、砂で構成された彼の指は役目を果たしたとばかりに消えてしまう。


「ロジオン。いえ、ドゥーエ。この飛行要塞と契約してください」

「イオーシフの旦那。アンタひょっとして、そのために蘇ったのかよっ」


 隻眼を見開いた友の肩を、砂像はポンポンと叩くも、更なる衝撃で手の甲が割れて、腕がポトリと岩盤に落ちた。


「有意義なロスタイムでしたよ。自慢するのもなんですが、第四位級契約神器飛行要塞ルーンフォートレス清嵐砦せいらんとりで〟は、我ら〝赤い導家士どうけし〟の力を尽くした傑作です。邪竜と戦う際は有用でしょうし――世界を救う為ならば――散っていった同志達も報われる。ロジオンドゥーエ、最後のメンバーとして受け取ってください」

「任せろ、旦那。必ず役立てるさ」


 イオーシフは男泣きにむせぶドゥーエを柔らかな瞳で見守り、崩れゆく肉体を軋ませながらクロードに向き直った。


「辺境伯。取り引きというわけではありませんが、地下にはコーネ・カリヤスクに渡したものと同じ、時空魔術の資料も置いてあります。我が友とムラマサを故郷に帰す為に、役立てていただきたい」


 クロードは、イオーシフの背後に、黎明れいめいの空へ昇る穏やかな光を見た。

 眼前の人物には危険な野心もあったし、罪を重ねたことも事実だろう。

 しかし――。


「イオーシフ。アンタが時空魔術を研究したのは、ドゥーエさんの為だったのか?」

「使命と友誼が両方ってところでしょうか。どちらも託すことのできる私は果報者ですよ。異界から来た竜殺しよ、我が友とこの世界をお願いします」


 元国際テロリスト団体〝赤い導家士〟の指導者イオーシフ・ヴォローニンは、暖かな曙光しょこうを浴びながら、満足そうに笑って逝った。


――――――――――――――――――

あとがき

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