第119話(2-73)嚆矢

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 一〇〇〇対五万では、さすがに衆寡敵しゅうかてきせず、セイ率いる大隊はレ式魔銃を斉射したのち、馬に飛び乗って逃げ出した。

 セイが肝いりで訓練を施しているが、騎馬鉄砲隊は未だ編成されていない。安定した馬上射撃が可能な人員は、指揮官に内定しているイヌヴェを含めてわずか十数人。取り回しを鑑みて銃身を切り詰め、複数回の射撃を可能にした騎銃に至っては、試作品が数丁できたばかりである。

 ともあれ、セイとイヌヴェが率いる騎兵大隊は街道を外れ、河原を踏みしだいて、いかだを繋げて魔法で固定した簡易橋を使ってドーネ河を渡った。

 マグヌスに叱咤されたソーン領軍は、まるで鼻先にニンジンをぶら下げられた馬のように、土煙をあげて彼女を追っていた。

 魔法が解かれて筏に戻り、簡易橋は下流へと流された。

 ソーン領軍は、”雨季だというのに水かさが低い”泥の混じったドーネ河を、膝まで濡らしながら一丸となって渡ってゆく。

 川沿いの森に潜んだアンセル・リードホルムは、視覚を代行する数珠で敵軍を監視しながら、クロスボウ型の第六位級契約神器”光芒”を構えた。


(作戦通りに追って来たのか。街道を外れずに正規の橋を渡るなら、ロロン提督が指揮する別働隊から、大砲の集中砲火を浴びただろうけど……)


 ソーン領軍は、行軍の足並みは乱れ、部隊も装備も混在してまるでまとまりがなかった。

 あれでは軍隊の体を成していない、と、アンセルは敵軍を憐れんだ。

 もっとも、半年前のレーベンヒェルム領軍だって同水準だったのだ。

 違ったのは、ただ二つ。

 セイという指揮官と、クロードという領主だ。

 アンセルは、ソーン領の現状をハサネ・イスマイール公安情報部長から聞いていたが、惨いものだった。


「別に外国人に頼るなと言ってるわけじゃないし、ましてや帰化人をどうこう言うつもりは全くない」


 純血主義が云々などといった価値観を言い出すと、そもそも司令官のセイが異世界人だ、とか。

 元妖精大陸出身の傭兵サムエルは? 共和国から帰化したパウル・カーンは? 協力してくれるガートランド王国のウェスタン建設は? そして、今のクローディアス・レーベンヒェルムはいったい何者だ? と、領が根幹から揺らぐことになる。

 アンセルは、クロードが領都レーフォン攻防戦の際、相対した兄ダヴィッドに対し、『ひとはひととの繋がりで生きている』と啖呵たんかを切ったと、農園の作業員たちから聞いていた。


「国や地方だって、繋がりの中で成り立っている。良きにつけ、悪しきにつけ、影響を受けず、影響を与えずに有り続けることなんてできない」


 アンセルは、クロードと出会う以前、邪竜と契約を交わした悪徳貴族さえ排除すれば、すべてが上手く回るなどと考えていた時期がある。 

 それが有り得ないことだと、もはや彼は知っている。国もまた、人と同様に、良き隣人にもなれるし、安全を脅かす悪しき敵にもなり得るのだ。――そして、この大陸は、現在ひとつの流れの途上にある。

 

「西部連邦人民共和国が、力による拡大を望み続ける限り、状況は変わらない。戦争なんて望まない。だけど、ぼくたちは故郷を守り続けると決めた」


 アンセルは、クロスボウの引き金に指をかけ、渡河したソーン領軍を睨みつけた。


「マグヌス・ソーン。そして、ダヴィッド・リードホルム。私欲のために、国家と国民の主権を踏みつける、お前たちの様な為政者はいらない!」


 アンセルは引き金を引いた。第六位級契約神器”光芒”は魔力消費が激しく、連射が効かない。しかし、一撃の破壊力は第五位級神器の魔術障壁を容易く貫通する。

 マラヤ半島では見せることが叶わなかった、天から落下する光弾が、敵軍先頭にそびえ立つ第五位級契約神器の巨人をまとめて数機消し飛ばした。


「出納長殿がやったぞ。対神器弾頭用意。撃てェッ!」


 サムエルの叫びが河原に木霊し、クロードが空間断裂魔法をこめた弾丸が、ソーン領軍の盟約者たちと契約神器を引き裂いた。

 先制の一撃を皮切りに、総勢一万のレーベンヒェルム領軍勢が、ドーネ河を背にした五万のソーン領軍を半包囲するように森から飛び出し、両軍は遂に激突した。

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