第327話(4-56)新生命の創造者

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 クロードは、デルタの提案に浅く息を吸って、柔らかな笑みを浮かべた。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という故事を思いだしながら、眼鏡をかけた少年に手を差し出す。


「わかったよ。ブロル・ハリアンに会おう。デルタくん、案内を頼めるか?」


 クロードの返答は、デルタにとっても想定外だったのだろう。


「やはり貴方は恐ろしいひと・・ですね」


 デルタはこの時、クロードを食料とも劣等種とも呼ばず、"ひと"と呼び手をとった。


「今から貴方方三人を、創造者様がいる天幕までお連れいたします」


――

――――


 クロードは、ソフィ、セイと共にデルタの背を追いながら、ヴィルマル・ユーホルト伯爵が語ったブロル・ハリアンの過去を想起した。


『ブロル・ハリアンか。彼は、時代に押し潰された犠牲者だよ』


 クロードがネオジェネシスの情報を収集するために訪ねると、ユーホルト伯爵はユーツ領レジスタンスの指導者であったにも関わらず、緋色革命軍行政長官であったブロルをそう評した。


『辺境伯はご存じかな? ラーシュやマルグリットのような若い子たちには馴染みが薄いのだが、復興暦一一〇五年/共和国暦九九九年に、西部連邦人民共和国でひとつの政変が起こった』

『"シュターレンの雪解け”ですね。恐怖政治を推し進めて虐殺すら行ったホナー・バルムスなる悪漢を、エーエマリッヒ・シュターレンが打ち倒したそうです』


 この時シュターレン領に協力して戦ったのが、演劇部部長ことニーダル・ゲレーゲンハイトである。


『その通りだ。ホナー・バルムスによる権力の専横は"バルムスの氷獄"と呼ばれて、筆舌に尽くしがたい酷いものだった。そして、それは共和国内だけに留まらず、交流の深い国々、このマラヤディヴァ国にも影響を与えていた』


 クロードはユーホルト伯爵の言葉に頷いた。

 彼もまた影武者ながら、レーベンヒェルム領を率いてきたのだ。

 今日まで辿ってきた道程には、共和国との少なくない軋轢があった。


『ホナー・バルムスの従兄弟に、ニドリク・バルムスという男がいる。彼は第四位級契約神器ルーンゴーレム『飛鬼』の盟約者でね。従兄弟の権威と神器の武力をかさに、ユーツ家からとある鉱山と村の統治権を買い取ったんだ。そして、村はシュターレンによる雪解けを待たずして……魔道汚染と公害病で滅んだ。ブロル・ハリアンは、滅びた村のただ一人の生き残りだ』


 クロードは、我知らず拳を握っていた。

 グリタヘイズの湖、オーニータウン。レーベンヒェルム領でも、いったいどれだけの公害被害が出たことだろう。

 産業振興が周辺環境と衝突するのは、歴史の常だ。これは、必ずしも共和国だけに限らない。しかし、かの国は人命よりも、現地の法よりも、他の何より政府教団の利益と身勝手に定めた価値観を重んじる。


『私はブロルら緋色革命軍との戦いで、イーサクをはじめ多くの友を殺された。そんな私が言うのもなんだが、家族を失う、友を失う痛みは、耐えがたいものだ。だから、奴の気持ちにも共感はできる。ブロルは友人であった神官騎士オットー・アルテアンと共にユーツ家にニドリクの非道を訴えた。だがユーツ家は法を曲げた。ニドリクは、村の滅亡は異世界からやってきた危険なモンスターによる怪物災害モンスターハザードが原因だと主張して、そのでたらめを飲んだのだ』


 クロードは言葉も無かった。

 ユーホルト伯爵もまた、この時の誤った対応こそがブロル・ハリアンがユーツ家に反逆した最大の理由だと認識しているのだろう。彼は、憔悴しょうすいした顔で言葉を続けた。


『私は、遅まきながら"シュターレンの雪解け”の後に、ブロルとオットーに助力して、ユーツ領の回復と犠牲者の鎮魂を試みた。けれど、ニドリク・バルムスの干渉で作られた数々の法が障害となり、彼を罰することはできなかった。マルグリットから報告のあった怪物の犠牲者だが、私の知る限りでは全員が事件の関係者だ』

『伯爵。ニドリク・バルムスは、今も生きているんですか?』

『緋色革命軍に協力するスポンサーとして、グェンロック領の一部を与えられたそうだよ。ブロル・ハリアンが緋色革命軍に反旗を翻した理由があるとすれば、それしか考えられない』


 クロードは、ネオジェネシスについて考えた。

 共和国人であるエカルド・ベックがブロルに味方したのは、ひょっとしたら彼もまたニドリク・バルムスになんらかのトラブルを抱えているか、怨恨に燃えているのかも知れない。そうであるならば筋も通る。


『辺境伯。ブロルは、きっと貴殿を誰よりも高く評価していることだろう。もしも貴殿が一◯年前に居れば、あるいはニドリクの暴挙を止められた。けれど……、やはり私は、ブロルを許すことは出来ないよ』

『伯爵。僕は、レーベンヒェルム辺境伯です。ヴォルノー島大同盟の一員として、適切に判断します』

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