第497話(6-34)和平成立

497


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)三一日。

 クロード率いる一万人の大同盟・ネオジェネシス合同部隊は、レベッカ・エングホルムが支配する顔なし竜ニーズヘッグと私兵集団を打倒する。


「謀反人レベッカは打倒した。この戦いは僕たちとネオジェネシスの勝利だ!」


 クロード達は、領都ユテスへと進軍。

 ダヴィッドの緋色革命軍マラヤエカルラートの決起以来、ブロルのネオジェネシス、レベッカの私兵集団と、所属を次々に変えたユーツ領をついに奪回した。


(……勝ち鬨をあげたけど、偵察した艦隊の報告通り街がボロボロに焼けてるっ!?)


 ブロルが領都住民を庇って逃したため死者こそ出なかったものの、レベッカの暴政下にあった領都ユテスと周辺都市は壊滅状態。

 何よりも指導者であったブロルの死後、ネオジェネシスの指揮系統は乱れて、組織の統制が取れなくなっていた。


「ベータ。各町村に駐留していたネオジェネシスの部隊が、自分勝手に動き始めたというのは本当か?」

「すまない、クロード。今の我らは過去の群体ではなく、確たる個を確立してしまった。親父殿の死を知って、復讐に駆られる者や感情的に暴走する者が出たようだ」


 人の口に戸は立てられない。

 幸か不幸か、第一位級契約神器イドゥンの林檎の情報は、詳細を知る者も少なく歴史の闇へと消えていったが……。

 ネオジェネシスの総大将が部下に殺害されたという情報は、すでにマラヤディヴァ国に留まらず周辺諸国を駆け巡っていた

 だからこそ、復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 暖陽の月(五月)一日。


「愛する兄弟達よ。親父殿と姉者は毒婦レベッカによって殺害された。このベータ、新たなる大黒柱として家族を支え、親父殿の無念を晴らしたい。どうか皆も協力して欲しい」


 一族の長兄たるベータは、本拠地であった領都ユテスの奪回を区切りとして、中央広場に築かれた祭壇へのぼり、ネオジェネシスの代表を継ぐと宣言した。


「また父たる創造者ブロルの名において、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯と和議を結ぶ。これより我らネオジェネシスは大同盟と同じ道を歩む!」


 ベータはクロードを招いて固く握手を交わし、両軍の和平成立を大々的に訴えた。

 代替わりに伴う急激な方針転換は、反発を招くと予測されたものの、意外なことに全く見られなかった。


「父たる創造者ブロルは、前々からベータ兄貴が跡継ぎだと言っていました。正式な遺言状も公開されているので異議はありません」


 式典に参加した大勢の一般ネオジェネシスは、ベータの代表就任を笑顔で歓迎。


「クローディアス様がいる大同盟との和睦は望むところだ。父上の仇レベッカ・エングホルムめ、目にもの見せてやる」


 ブロルの仇討ちに猛る武官や兵士達も、大同盟との和睦に両手をあげて賛同。


「ベータ兄上は、辺境伯様と激戦を繰り広げ、エングフレート要塞でも大活躍だったんです。きっと頼りになりますよ」


 文官の多いエングホルム領でも、数々の武勇伝から人気の高い長兄を受け入れて。


「父君の親友だったシュテン様やイザボー様が認められた以上、全力で協力します」


 ネオジェネシスの看板と呼べる実力者二人もベータ支持を表明したため、崩れかけた統制も瞬く間に回復した。


(……僕たちが、レベッカの飼い犬だったハインツ一派を全滅に追い込んでいたことも、追い風になっただろう)


 クロードは、そんな風に悪ぶったが……。

 ネオジェネシスは、〝表層意識を共有可能〟という特異な種族特性もあって、後継者問題を穏便に決着させた。


「ベータ、お疲れ様。レアとソフィがお茶を入れて待っているよ」


 クロードは祭壇から楽屋テントへ下がった後、緊張のあまり疲労困憊ひろうこんぱいとなったベータの手を引いた。


「クロード、ありがとう。このベータ、我が身が代表に向いていないのは自覚している。平和を取り戻した暁には、デルタやエコーのような次代を作る弟妹達に任せたい」


 クロードは握手越しに、ベータの筋肉がひどく強張っているのを感じて、不安を痛い程に共感できた。


「その時は僕達と一緒に旅に出ようよ。ニーダル・ゲレーゲンハイトっていう、女好きでいい加減な殴り甲斐のある先輩がいるんだ」

「ふふふっ、クロード。かの世界最高の冒険者に喧嘩を売るというのか。痛快極まる!」


 ニーダルにとっては『後輩、そりゃ酷くないか?』な約束を、クロードとベータが交わした頃。

 マラヤ半島の北部戦線でも、ベータの弟妹達が降伏を決めていた。


「これまでの戦闘は、我ら姉弟の独断です」

「他の子たちは巻き込まれただけなの」


 白眼に眼鏡の似合う少年デルタと、白髪のツインテールが特徴な女の子チャーリーは、武装解除した軍勢を連れて、大同盟軍のキャンプを訪れた。

 アリス・ヤツフサは感激のあまり、黒髪から伸びた金色の虎耳をぴくぴくと動かしながら、チャーリーにひっしと抱きついた。


「たぬっ、待ってたぬっ。チャーリーちゃん、一緒にご飯をつくるたぬ」

「アリスちゃん、降伏を受け入れてくれるの? ありがとうっ」


 大同盟の指揮官たるオットー・アルテアンも、戦闘の終結に安堵の息を吐いたものの……。

 アリスとチャーリーが、飯場へと向かうのを見てすぐさまきびすを返した。


「あーっ。おいちゃん急用を思い出したわ。山頂でタバコを吸う日課があるんだった」


 彼はかつてアリスの飯マズを体験していた為、咄嗟に逃走を試みた。

 しかし、警戒するデルタに回り込まれてしまう。


「……オットー。約束を反故にするつもりか! 一服なら食後だってできる」

「ばっかやろう、デルタ。このままだと洒落や冗談じゃ済まなくなるんだ。な、いい子だから離せ、お願いだから離してくれぇえ」


 オットーとデルタが騒いでいるうちに、アリスとチャーリーは大量のサンドイッチをお盆にのせて戻ってきた。

 〝二人が〟作った手料理は、大同盟とネオジェネシス両軍の兵士達に振舞われて、友好の場を大いに盛り上げた。


「う、うまいじゃないかあ。この前の失敗作はいったい何だったんだ?」

「おいしいなあ。ぼくはいったい何の意地をはっていたのか……」


 しかしながら、後日オットーとデルタは、アリスが〝一人で〟作ったスープを口にして、揃って卒倒する羽目になる。


「「もう二度と試食なんてしないよ」」


 ブロルの親友であればこそ、彼を止めようとしたオットー。

 父ブロルの夢を叶えようと、がむしゃらに走ったデルタ。

 二人は相容れぬ思いを抱いて刃を交えたが、同じ生命の危機を分かち合ったことで和解を遂げた。

 分かたれた道は、遂に一つとなったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る