第144話(2-98)悪徳貴族と婚姻騒動(後編)

144


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日午後。

 楽園使徒アパスルからもたらされた婚姻同盟を巡り、会議室ではあまり建設的でない応酬が続いていた。

 そんな中、ユーツ家侯爵令嬢、ローズマリー・ユーツが挙手している。


「ああ。皆も、発言の際は挙手するように。ローズマリーさん、どうぞ」

「質問があるのだけど。その前に、私はここに出席していいの? 以前、貴方を害そうと……」

「貴女は誰の血も流さなかった。気にしないでくれ。そもそも僕を含めて、この会議室に集まった大半が元は敵対していたんだ。過去を言い出せば、役所も領軍も立ち行かなくなる」


 エリックたちは元領主館の襲撃犯で、役所職員は反体制側に属する冒険者や悪代官、領軍はテロリストに傭兵に海賊というカラフルな経歴揃いだ。


「器が大きいのね。ごめんなさい。そして、ありがとう」


 ローズマリー・ユーツは、丁寧な礼をとった。

 レーベンヒェルム領は、それこそ緋色革命軍マラヤ・エカルラート楽園使徒アパスルのような無法の地になっていても不思議はなかったのだ。

 けれど、彼女が見た領民たちは、やや行き過ぎたデモに繰り出す以外は、穏やかで落ち着いた日々を送っていた。

 すべては、クロードの采配ゆえのことだと、ローズマリーはようやく受け入れた。


「不思議なのだけれど……。なぜ楽園使徒アパスルは、エステルさんやアネッテさんを手放してまで、婚姻同盟を求めているのかしら?」

「ブリギッタ、説明を」


 クロードに振られて、ブリギッタが起立する。 


「こちらの伝手で探ったところ、楽園使徒も期限付き停戦だと都合が悪いから、保証が必要ってところね。それに先方は、彼女たちを持て余しているみたい。生かしておけば反抗の旗印にされる。かといって殺せば激昂した領民たちが手をつけられなくなる。だったら評判の悪い悪徳貴族に押しつけて、味方に抱きこむ餌に使おうって考えてるみたい」


 次に、ハサネが挙手して補足した。


「加えて、楽園使徒は辺境伯様が二人の身柄を望んでいると誤解している節があります」


 クロードは愚痴をこぼそうとして自重した。レア、ソフィ、アリス、セイの視線が集まっていたからである。


「内偵の結果、彼らは西部連邦人民共和国資本が発行する新聞、人民通報を情報源にしているようです」

「「ああ、それは間違う」」


 会議室の全員が納得する、問答無用の説得力があった。


「ゴシップ紙の方が、まだしも事実を報じているんじゃない?」

「週刊誌だって侮れない。公安情報部長がじきじきにリークしてるっす」

「辺境伯様は、女好きで知られてます。悲しいかな、女性がらみでデモ隊が領内を練り歩くことで、そういった印象が流布されてしまったのです」

「誰のせいかナー」


 クロードがジト目で睨む無言の抗議を受け付けず、ハサネは説明を終えた。

 レーベンヒェルム領側の調査では、楽園使徒はクロードがエステル嬢とアネッテ嬢の身柄を望み、無期限同盟の保障になると誤解しているようだった。

 以上のことを黒板に記して、クロードは再び会議室を見渡して声をあげた。


「結婚の是非は後で決を採る。しかし、それはそれとして、僕たちはエステル・ルクレ嬢とアネッテ・ソーン夫人を救出しなければならない」


 クロードは説明を続けた。


「もしも僕たちが、ルクレ領とソーン領へ進軍すれば、その後の統治は極めて困難なことになるだろう。背後に火種を抱えて緋色革命軍マラヤ・エカルラートと戦うわけにはいかないし、後にはファヴニルが控えている。エステル嬢とアネッテ夫人は、二領をまとめてもらう為に必要不可欠だ。そして……」


 息を吸って、胸に手を当てた。痛みはなかった。寂しさは耐えられた。


「レアとソフィから聞いたことだが、ニーダル・ゲレーゲンハイトがアネッテ夫人と彼女の亡き夫リヌス・ソーンの世話になったらしい。皆も知っての通り、僕と、レーベンヒェルム領はニーダルに多大な恩がある。彼は邪竜ファヴニルを三年分足止めして、新式農園の準備にかかった資材や資金も提供してくれた。別に僕たちのためにやったことじゃないと言われるかもしれないが、多少の借りは返しておきたい。ハサネ、近況を頼む」

「先日、西部連邦人民共和国で数千人もの共和国人がネメオルヒス人の学生寮を襲撃し、多数の生徒が重軽傷を負いました。パラディース教団は、大陸運動祭と万国博覧会を控え、見せしめのためにかつて侵略したネメオルヒス地方で虐殺を目論んでいるとの情報があります。ニーダル・ゲレーゲンハイトは阻止のためか、逃亡補助のためかネメオルヒス地方に潜入し、共和国もまた彼を討ち果たすべく第三位級契約神器の盟約者を含む戦力を投入しています」


 会議室は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

 エリックが控えめに手を挙げて、クロードに質問した。


「何か支援できることはないのかよ。第三位級ってことはファヴニルと同等だ。ニーダル・ゲレーゲンハイトだって無事じゃ済まないぜ?」

「部長は、ニーダルは死なないよ。……酷なことだけど、僕たちが今ネメオルヒスに対してできることはない。共和国はネメオルヒスから言葉と文字を奪い、文化と信仰を奪い、治安部隊による恒常的な圧迫をかけて、強制的な混血よる民族浄化を行っている。皆も共和国がそういう国だということは、胸にしまっておいて欲しい。ルクレ領とソーン領を連中の手に渡すわけにはいかない」


 ニーダル・ゲレーゲンハイトこと、高城部長からの連絡は何もない。港で別れた時からずっと記憶喪失のままなのか、窮地で手が離せないのかはわからない。

 それでもクロードは、彼に『後輩クロードならきっとなんとかしてくれる』と根拠もなく期待されている気がした。だから、ぐつぐつと煮えたぎった腹の底でぼやく。


(難易度が高すぎる。部長なら、結婚という手段を使っても文句は言わないだろうさ。会計先輩なら話せばわかってもらえるか? 女子部員は全員アウト。特に痴女先輩はぶっちぎりで最悪だ。どんないじられ方をするか、わかったもんじゃない。こんな無茶振りをして、それが上に立つ者のやることかよ!)


 クロードが、心に秘めたのは正解であったろう。

 もしも口に出したが最後、全員から鏡を突き付けられて『無茶振りとかおまえがいうな』の大合唱だったことだろうから。

 沈黙が続く中、ローズマリーが挙手した。


「結婚交渉の是非について決を採る前に教えて欲しいわ。クローディアス、いえ、クロード。貴方はこの先どうしたいの? ルクレ領とソーン領を解放して、緋色革命軍から国を取り戻して、邪竜ファヴニルを討ったなら、もう影武者であることなんて誰も気にしないでしょう。十賢家の後継者として国主の座に昇る? それともすべてを終わらせて新しい王朝を開くのかしら?」


 十賢家令嬢たるローズマリーの問いかけに、悪徳貴族たるクロードは――静かに答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます