第155話(2-109)悪徳貴族の反乱対策

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 時は少しさかのぼる。

 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)一九日。

 クロードが反乱軍対策に専念する間、領主代行に侍女のレアを任命したという事実は、レーベンヒェルム領を震撼しんかんさせた。

 ルクレ領、ソーン領との政略結婚が噂される今、事実上の正妻として選ばれたのだという噂が尾ひれ背びれをつけて駈け廻ったからである。

 レアのファンクラブだけでなく、ソフィ、セイ、アリスのファンクラブも急いで大規模デモ計画をぶちあげ、今はそれどころじゃないと気づいて、原因である他所者の暴徒と反乱軍に激怒した。

 領役所は成立から短いこともあって、草創期に十人前以上の仕事をたったひとりでこなし、そればかりか現在の官僚システムの骨組みを作った”伝説の先輩”を尊敬していた。また領軍は、レ式魔銃の開発に関わり、以後も魔道技術の専門家として無色火薬の安定や巡洋艦の機関保全などに影ながら影響を与えていた”偉大なる技術者”に敬意を払っていた。

 つまるところ、レアの領主代行就任に未曾有みぞうの衝撃が走ったのはファンクラブ界隈だけであり、役所にも領軍にも文句をつける者はいなかった。そして、レアはセイ、ソフィ、アリスに若干水をあけられていたものの、それでも四人そろってファンクラブの名前があがるほど領民たちに人気があり、就任はむしろ歓迎されていた。


「ひょっとしたら、辺境伯様よりずっと頼れるかもしれないぞ」

「やっぱり代表は愛らしい方が、やる気が出るってものさ」


 領民たちの反応を知ったクロードは、便所の中で泣いた。

 しかしながら泣いてる時間も惜しいのが、レーベンヒェルム領を取り巻く現在の情勢だった。

 クロードは、まず即時動員可能な兵士たちの半分、五〇〇〇人をキジーに率いさせ、ゴニョゴニョと策を授けて陥落が予想されるグロン城塞へ送り出した。


「なんてブラック。無茶ぶりにも程がある。司令が女神なら、リーダー、貴方は悪魔ですよ。ええ、やりますとも。やってみせますとも。でも勘違いしないでくださいね。貴方の為じゃなくて、司令の為に行くんですからね!」

「キジーのやつ。そこまで念を押さなくてもいいじゃないか……」

「今のやりとりは、まさか」

「たぬー!? クロード、ひょっとしてオトコノコに興味があるたぬ?」

「セイ、アリス、いったい何を言ってるんだ?」


 と、クロードには意味不明な問答があったものの、キジーは大軍を率いて東部へ、アリスとセイも少数ながら部隊を伴って西部へ向かった。

 そして、ソフィは職員に買い出しを頼んで、馬車にありったけのお土産を詰めていた。


「オーストレームさんにはこのお茶菓子、ブロムダールさんにはこっちのお酒、カールソンさんにはこのお薬……。うん、準備万端。クロードくん、わたしたちも行こう」

「お、あ、うん、そうだね」


 クロードとソフィが担当するのは、ヴァン神教などの宗教勢力や冒険者ギルドなどの互助組合、さらに各町村の長に会って協力を取り付けることだった。

 ソフィは先日まで新式農園の監理者を担当していて、農作物の流通を通して多くの有力者とよしみを得ていた。そして、どうやら恐ろしいことに、彼女は交渉相手の好物や趣味を大方把握しているらしい。

 馬車に揺られながら、クロードは向かいに座った、赤いおかっぱ髪と大きな黒い目が愛らしい少女に尋ねた。


「ソフィは、人と話すのが好きか?」

「うん。クロードくんは?」

「僕は苦手だよ」


 屈託のないソフィの反応に、クロードは思わず視線を逸らした。


「話をしても人の本心なんてわからない。はは、見てくれ。僕は臆病で震えるほど怖いのに、人前では平気な振りを演じてる」


 クロードの手足は小刻みに痙攣けいれんしていた。絶対にキジーやセイ、アリスの前では見せることができない姿だった。

 反乱を十日で終わらせると彼は豪語した。だが、本当は逆なのだ。その短期間で終わらせられなければ、役所と領軍が試算した通りにレーベンヒェルム領は戦火に焼かれ、数え切れない人命が失われることだろう。

 クロードは、ソフィに甘えていると自覚しつつも、恐怖を押さえつけることができなかった。

 そんな彼をふと、甘い匂いと柔らかなぬくもりが包んだ。

 ソフィが立って隣に座り、クロードを抱きしめていたのだ。


「大丈夫。わたしが、わたしたちがついてる。それに、クロードくんは臆病なんかじゃないよ。やせ我慢かもしれない。無謀だったかもしれない。でも、そんな貴方に助けられた人々が、女の子がここにいる」

「ソフィ……」

「わたしはあなたを幸せにする。絶対に諦めない」


 クロードは彼女に身を委ねるように、瞳を閉じていたからわからなかった。

 そう告げたソフィの横顔は悲愴で、しかし、とてつもなく美しかった。

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