第217話(3-2)食の軍詩

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 コンラードと衝撃の出会いを果たしてから数日後。

 港町ヴィータの会議室でアンセルから経緯を聞いたヨアヒムは、朽葉色のソフトモヒカンの下、青錆色あおさびいろの瞳を細めて肩をすくめた。


「アンセルがいったい何を言っているのか、まるでわからないス」

「なんということだっ。ぼくの幼馴染がロマンのひとつもわからないダメなやつだったなんて。泣いてしまいたい」

「ちょ、ロマンってなんすか。腹に入れば皆同じっしょ?」


 午前の定時打ち合わせを終えると、丁度良い時間になったこともあり、二人は共に昼食をとろうとしていた

 ヨアヒムがさっそうと広げた弁当は、安くて不味いことで有名な冒険者ギルド購買の食パンに、バザーで投げ売りされていたビール酵母のジャムを塗ったものだ。


(あんな弁当じゃ午後から力が入らないぞ。ヨアヒムめ、さては契約神器・魔術道具研究所が作り出す珍品ガラクタの数々は、こいつのネジが外れた合理性が原因だな?)


 いつも斜め上の試作品を生みだす研究所だが、所長兼技師長のソフィが考案するアイデアは、乙女心の暴走こそ稀にあれど九割がた穏健なプランなのだ。

 それをヨアヒムと職員達が性能だけを追求したピーキーな発明品に仕立て上げるから、レーベンヒェルム領の工業技術では追いつかず酷いことになってしまう。

 ともあれ、アンセルがバラックの焼き鳥屋で味わった挫折感と、胸からふつふつと湧きあがる灼熱しゃくねつの闘志は、ヨアヒムと分かち合うことはできそうになかった。


「面白そうなおっさんだけど、もう会うこともないっしょ。さっさと食って、午後からもお仕事お仕事」

「それが、そうでもないんだ。」


 その時ふいに会議室のドアがノックされて、アンセルが入室を許可すると、年季の入ったフード付きローブに身を包んだ中年男が入ってきた。


「はじめまして、ヨアヒム参謀長。わしはコンラード・リングバリだ。このたびルクレ領役所の主席監察官代行を拝命した。よろしく」

「ヨアヒムです。よろしく」


 軽く握手を交わしたヨアヒムが、目線でこのひとか? と尋ねていたので、アンセルは頷いた。


「あれ? コンラードさんの名前、どこかで聞いたような……」

「過ぎたことです」


 アンセルに送られてきた資料によると、コンラードは「偽姫将軍の乱」に参加したルクレ領の騎士らしい。

 レジスタンスのアマンダが推挙して、クロードとセイが許可したことから、ルクレ領役所の新幹部として抜擢ばってきされたのだという。

 前歴については、今更ツッコミを入れるのも野暮やぼだろう。

 領主館襲撃犯に、テロリストや海賊、挙げ句にアンドルー・チョーカーのような元敵将まで雇わなければ回らないのが、今のレーベンヒェルム領でありヴォルノー島なのだ。


(そんな事はいいんだ、こだわるところじゃない。だけどコンラード・リングバリ。今日こそは負けない!)


 アンセルは、気合い充分で目を見開き、力いっぱいに弁当箱の蓋を外した。

 なるほど焼き鳥屋では不覚をとった。だが、それはバラックがコンラードの地元ホームグラウンドだったからに他ならない。弁当ならば、地の利など関係ない。そして――。


(弁当で優先されるべきは、味は当然、手早く作れるとかということも重要だ。つまり、常備菜じょうびさいをいかに上手に使うかが勝負を決する。そして、ぼくは食料保存の魔術壺に複数のメニューを蓄えている。だから、この戦い、ぼくの勝利だ!)


 ヨアヒムが、「あ、こいつ負けフラグ立てやがった」といわんばかりの露骨な視線を送ってきたが、アンセルはむしろ堂々と弁当箱の中身を見せつけた。

 クウシンサイのトウガラシ炒め、ニンジンの酢漬け、キャベツのガーリック和えといったカラフルな小品が、純白の銀シャリを彩っている。そしてメインのおかずは、ココナッツ入りチリソースをかけた白身魚のカマボコだ。


(これぞ、定食風お弁当。この王道なる布陣にひれ伏すといい! 主席監察官め。くっそお、肩書きが格好良くて腹立つぞ)


 アンセルの八つ当たり気味な熱視線を知ってか知らずか、コンラードもまた断りを入れて弁当箱を開いた。

 ああ、それは、なんとそれは――。


「ご飯に、卵とじの天ぷら。だって……」

「お恥ずかしい。昨夜の残り物を詰めたものです」


 コンラードの弁当箱に詰められたご飯はつやつやと輝いて、冷めてなお瑞々しさを感じさせた。

 季節の野菜を揚げたてんぷらを中心に卵でとじられた具材は、さながら黄金の海。そこにしっとりとしたダシが絡んでいるのだからたまらない。

 わずかに添えられたきゅうりのレモンじめの香りが、アンセルの鼻腔びこうを爽やかにくすぐった。


(どんぶり風お弁当だって。こんな重厚な陣構えがあったなんて。こいつ、やはり侮れない男だ)


 二人の視線が火花を散らす。

 あえて口に出さずとも、両者は理解していた。

 この戦い、互角であると。


「いただきます」

「いただきます」


 アンセルとコンラードは、同時に箸を取って食べ始めた。

 唐辛子で炒めたクウシンサイがご飯の甘みを引き出し、酢漬けのニンジンが雑味を洗い流す。ニンニクの香りとキャベツのシャキシャキした食感に、箸が止まらない。

 甘辛いソースと一体となったカマボコの食感は、しばし時間を忘れるほどだった。


(おいしい。おいしいのに、あっちの弁当が気になるなんて)


 アンセルの視線は、油断するとどうしてもコンラードの弁当に吸い寄せられてしまう。

 それはコンラードの方も同じだった。あれも美味そうだ。そんな迷いが心の中で波立って冷静ではいられない。

 二人は同時に水筒の茶をすすり、弁当箱を閉じた。


「お見事です。主席監察官殿」

「代行です。さすがは出納長(戦闘職)を務められる方だ。圧倒されました」

「こ、この二人は、いったい何と戦ってるんだ!?」


 戸惑うヨアヒムに応えるものはいなかった。

 この日から、アンセルとコンラードの互いの知略を尽くした意地の張り合いが始まった。

 ヨアヒムは、塩化アンモニウムとリコリスで味付けされた菱形の飴をボリボリとかじりつつ、角突き合わせる二人を眺めていたのだが――、そんなある日、彼らは定時打ち合わせの時間に現れなかった。


「参謀長。ルクレ領から通信貝で連絡があったよ。大規模な一揆が発生したから鎮圧にあたるそうだ」

「ええっ。アマンダさん。大丈夫なんですか。すぐに援軍を派遣しないと……」


 アンセルは、文官ながら従軍経験も豊富だ。とはいえ、レーベンヒェルム領軍ならばいざ知らず、ルクレ領の兵士達が指示通りに動くとは思えなかった。


「問題ないって。こういうこともあろうかと、コンラードをつけておいたんだから」

「あのおっさん何やってた人なんです? うん、コンラード……、ああっ!?」


 瞬間、ヨアヒムの脳裏でばらけていたピースが組み上がった。

 思い出せなかったはずだ。なぜなら、彼の中年男が活躍していた頃、アンセルとヨアヒムは別命に追われていたのだから。


「思い出した。コンラード・リングバリって、”偽姫将軍の乱”でセイ司令と塹壕戦ざんごうせんをやった指揮官じゃないか!」

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