第305話(4-34)天よりきたるもの
305
マルグリットは、オットーの説得を受けて、婚約者ラーシュが参加するユーツ領解放軍に合流すべく、わずかな供回りを連れて炭鉱町エグネにほど近い砦へと向かった。
しかし、目的地あと少しというところで、白い髪と銀色の瞳を持ち、白いローブを羽織った女に阻まれた。
「反逆者マルグリット・シェルクヴィストに、偉大なる創造者ブロル・ハリアン様に代わり下知を伝えます。"君はもういらない"。疾く死になさい」
女は、同じように簡素な服装の、一〇〇人近い集団を率いていた。
彼らは不思議なことに、誰もが作られたかのように美男美女ばかりで、リーダーの女と全く白い髪と銀色の瞳だった。
「そう、漏れていたの」
「悲しむ必要はありません。人間は弱いのです。だから、四肢をもいだ程度で泣き叫び秘密を漏らす。我々"
美男美女達が姿を変える。目もなく耳もなく、ただ鉤状の口だけが見えるウジに似た妖獣だった。それらは手足のように触手を伸ばして、一歩一歩這うように近づいてくる。
「我々こそは黄金の林檎より生まれし、新たなる地上の支配者。創造者への思慕と忠誠というただひとつの心を共有し、旧時代の人間を圧倒的に凌駕する肉体と生命力をもつ次世代の生物です。下等で劣等な旧いニンゲンよ。我々ネオジェネシスの糧となることを誉れと喜びなさい」
「そう。随分と大仰な名乗りだけれど、私から見れば退化しているようにしか思えないわ」
マルグリットは、蜜柑色の短髪を撫で上げて、左手首を飾る銀の腕輪をかざした。
第六位級契約神器ルーンブレスレットが、その真価を発揮する。
「皆のもの、円陣を組みなさい。最後まで抗うわ。術式――
「無駄な抵抗をするのですね。やはり旧人類に新しい存在を理解できるはずもないか」
マルグリットはサーベルを抜いて、シェルクヴィスト家の家臣達と共に奮戦した。
契約神器の加護により、円陣の外側に押し寄せるウジたちの動きは鈍くなり、従卒達の攻撃はより強くより重くなる。
けれど、効かない。まるで他の契約神器にでも守られているかのように剣も槍も弾かれて、わずかな傷をつけても赤い血がにじむと同時に再生してしまう。
「マルグリットさま、おにげ、くださ」
「決して、いかせ。ぐわああっ」
ひとり、またひとりと、共に戦ってきた戦友達が丸呑みにされてゆく。
マルグリットが振るうサーベルは触手に奪い取られ、ルーンブレスレットをはめた腕が鈍い音を立てて折られた。
逃げようにも周囲はウジだらけ。数本の触手が槍のように伸びて、彼女の足を串刺しにする。
マルグリットは必死で悲鳴をこらえるも、一体のウジによって吊り上げられる。
ウジたちの中心、指揮官らしい女の声が嘲るように笑う。
「愚かで旧いニンゲンよ、貴方の遺体は溶かした上でさらし者にしてあげましょう」
「獣のようなことを言うのね。本当に退化しているわ」
マルグリットには、命乞いをする気など全くなかった。
たとえどれほどの傷を負い、辱めにさらされようと、魂だけは誇り高く彼の元へ行こう。
けれど、そんな意志の炎を吹き消すように、彼女は触手に絡め取られて、真っ赤な口が迫る――。
(ラーシュくんっ)
そして、愛する少年に最期の祈りを捧げた瞬間、空から音を立てて一振りの刀が落ちてきて……。
ウジの頭をすっぱりと両断した。真っ赤な血が霧のように噴き出す。
「え?」
「何者か!?」
マルグリットとウジの指揮個体が誰何の声をあげるのと、空中から銀色の犬が落ちてくるのは同時だった。
「バーウーッ」
銀色の犬は、咆哮と同時にウジを蹴り上げて、呑み込まれた家臣をひとり救出した。
「何者かだって? ちょっと通りすがった犬とカワウソだ」
更に落下した一匹のカワウソがウジを殴りつけ、失神した家臣を吐き出させる。
「可愛い可愛いぬいぐるみもいるたぬっ」
「可愛い……コホン。通りすがりのメイドです」
更に更に落ちてきたぬいぐるみじみた獣が肉球でウジを叩き伏せ、優雅に降り立った侍女が無数のはたきを使ってウジたちを叩きだす。
丸呑みにされてすぐだったのが幸いしたか、シェルクヴィスト家の家臣達は瞬く間に救出された。
だが、それを見過ごすウジたちではない。まるで動く津波のように一斉に邪魔者達に向かって飛びかかって。
「危ない。危機一髪ってね!」
最後に飛来した青年の自転車で、全員まとめて轢き飛ばされた。
マルグリットは知っている。彼は、彼こそは。
「貴方は」
「お前は」
「そう、僕こそが通りすがりの、チンドン屋だっ」
「「クローディアス・レーベンヒェルム!?」」
予想もしなかった反応に、クロードは首をかしげた。
「なんでバレたんだろう?」
「むしろなぜバレないと思っタ!?」
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