第304話(4-33)彼と彼女の本願
304
「委員長は、わたしに裏切れと言うのですか?」
マルグリット・シェルクヴィストの問いかけに、オットー・アルテアンはそうではないと諭した。
「君の本願を果たせと言っている。男爵、君が守るべきものは何だ? 君が忠誠を尽くすべきは誰だ?」
「わたしが守るべきはシェルクヴィスト家の民です。忠誠を尽くすのは……」
マルグリットはそれ以上言葉を続けられなかった。
兄のバーツは、理由はどうあれユーツ侯爵家を裏切った。
跡を継いだ彼女は、いまや嫡子となったローズマリー・ユーツと砲火を交えた。
今更どんな顔をして忠誠などと言う言葉を口にできるのかと、彼女は自分自身を責めていた。
「断言できなくても構わない。だが、君はマラヤディヴァ国の爵位を継いだ者として、国をより良き方向に導く義務がある。そして君の志と献身は、間違っても"一の同志"を自称する誇大妄想狂や、ユーツ領を食い物にする外国人の為にあるものではない」
オットーは確信をもって宣言した。
「それにね。結局、緋色革命軍にいる者は、誰一人として、同じ目標を見てはいないのだ。階級支配のない平等な社会? 富の余剰のない全てが共有された幸福な理想郷? 建前だけは立派だが、やつらが支配するこの土地の、どこにそんなものがある?」
緋色革命軍が一方的に領民を搾取し、血を啜る呪われた監獄社会だ。
「自らの目的を果たすため、個々人が手を取り合って大きな目的に向かうからこそ組織は成立する。だが緋色革命軍はどうだ? ダヴィッドは契約神器の力に酔いしれたいだけ。レベッカは血濡れの宴に溺れたいだけ。ゴルトは戦を楽しみたいだけ。ブロルは蛆の怪物を育てたいだけ。大義名分を掲げて略奪を望むもの、支配者気分に酔いたいもの。どいつもこいつも、掲げた理想を果たすつもりなどみじんもない。己が欲望の限りを尽くすために、叶える気もないお綺麗なお題目をでっちあげて、無力な人々を食い物にする。これが欺瞞と邪悪でなくて何だという!」
オットーの嘆きは、マルグリットの抱いた思いに等しかった。
「かつてのユーツ領が多くの問題を抱えていたことは確かだ。亡くなったバーツやマクシミリアンが疑問を持ったのも、もっともだろう。しかし、あえて言わせてもらう。疑問を持つことを免罪符に領民を地獄に引きずり込むのなら、そいつは貴族でもなければ為政者の資格もない。ただの悪党だ」
「私に、マクシミリアンと兄の罪を
「彼らに罪があったとして、それはもう罰されている。マクシミリアンはクローディアスに倒されて、バーツもまた君の婚約者に討たれただろう。ぼくが君に望むのは、ひとつだけだよ。"マルグリットくん"、本願を果たしたまえ」
オットーは、話は終わったとばかりに新しいタバコに火をつけた。
「ひとつだけ質問をお許しください。委員長、いいえ、"アルテアン卿"はどうされるのですか?」
「何を言っているんだい、
ここまで言われれば、マルグリットにも理解できた。
彼は職務を、否、本願を果たすことだろう。たとえ生命と引き換えにしても。
「任地に、炭鉱町エグネに向かいます。またお会いしましょう」
「おいおい、ぼくの顔なんて見飽きただろう。婚約者殿によろしくな」
かくして、マルグリットは、シェルクヴィスト男爵家の騎士や従卒達に秘密裏に連絡を送り、炭鉱町エグネにほど近い砦で合流するよう通達を出した。
彼女もまた一〇人ほどの供回りを連れて、任地へと向かった。しかし――。
「反逆者マルグリット・シェルクヴィストに、偉大なる創造者ブロル・ハリアン様に代わり下知を伝えます。"君はもういらない"。疾く死になさい」
マルグリット達を阻むように、美しい、不自然で人工的なほどに美しい白い髪と銀色の瞳を持つ女が立ち塞がった。
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