第366話(5-4)滅亡の道程

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「この世界がどうしてこうなったのか……。ねえ、クロードおにいちゃん。宝石に残されていた映像は、いったいどういうものだと思っているの?」


 ボス子は、青灰色の瞳を輝かせて試すように問いかけた。


「宝石の映像は、僕たちがいる世界から見れば、いわば並行世界パラレルワールドの、未来の記録だ」


 クロードは、そんなボス子に対して三白眼さんぱくがんを見開き、即座に断言した。

 時系列が数年後の未来なのは、ボス子とイスカの年齢差を考えれば明らかだ。


「クロードおにいちゃん、どうして――世界が違う――と断言できるの? ひょっとしたら、おにいちゃんがいる世界の先にあの映像があって、この凍り付いた世界は未来の結末かも知れないよ?」


 ボス子は、確認でもするかのように念を押した。

 けれど、その可能性はないだろう。彼女自身が言い切ったように、ボス子とイスカは違い、何よりも確信できる根拠が映像の中にあった。


「ボス子ちゃん、技術が違うんだ。あの鳥や魚を模したミサイルは、僕が今いる世界では見られないものだ。ひょっとしたら存在はするかも知れないけど、あんなに乱発できるくらい量産したのなら、なんらかの形で世に出てしまうだろう」


 レ式魔銃の開発から模倣品のマスケット銃が生まれたように、人の口に戸は立てられない。武器や兵器とは、商品でもあるのだから。


「僕自身が違う世界から来たからわかる。異なる世界を完全に渡った者は、記憶に影響をきたす場合が多い。想像だけど、あの宝石は記憶を失うことを怖れた誰かが、僕たちがいる過去の並行世界へ持ち込んだんじゃないか?」

「さすがだね。クロードおにいちゃん、正解だよ」


 ボス子は感激したように相好を崩し、クロードの胸の中へと飛び込んできた。

 まるで幼い子を褒めるように、手をめいいっぱい伸ばしてえらいえらいと自分よりも高い頭を撫でさする。

 ボス子の横顔には、紛れもない歓喜の色があった。ひょっとしたら、この子もまた誰かに伝えたかったのかも知れない。凍りついた、誤ってしまった世界の結末を。


「……ン。どこから話したらいいかな? わたしたちがいた世界は、世界中で戦争が起きていたの。たとえばマラヤディヴァ国だったら、ファヴニルさんが乗っ取った〝赤い導家士どうけし〟が政権を立てて、酷いことになっていたよ」

「くそっ。あの阿呆は、〝そっち〟でもろくなことしない!」


 クロードの脳裏を一瞬、並行世界におけるレアやソフィの行く末がよぎった。

 けれど、ボス子に尋ねるのは止めた。


(ひょっとしたら知っているかも知れないけれど、悲惨な状況だったのは間違いない)


 クロードは、なんとなく腑に落ちた。

 あの魚や鳥を模したミサイルも、世界情勢が火薬庫だったからこそ、開発されたのかも知れないと。


「それでも、あえて終わりの始まりを決めるなら、ある国の軍隊が気象兵器を暴走させちゃったことなんだ」

「気象兵器だって? その、台風とか、地震を引き起こすような? いくら魔法があるからって、そんなの無茶じゃないか?」


 クロードが呆れると、密着したボス子も首を縦に振った。


「ン、無茶で、無理だよ。高位の契約神器ならできなくもないけど、魔術道具じゃぜんぜん出力が足りないもの。実際に〝風の冬〟、〝剣の冬〟、〝狼の冬〟、そして〝大いなる冬〟と名付けられた四台の試作機は、微妙な降雪機程度の力しかなかったの」


 クロードはスキー場の人工降雪機スノーマシンを想像した。実に平和だった。


「当時、他の国との対立に業を煮やしていたある国の軍隊は、持て余していた気象兵器に目をつけたんだ。研究中のシステム・レーヴァテインという術式と、脳死状態になった被検体を組み込んで、試作機から人間と魔術道具による『融合体』を創ろうと試みたの」


 平和は、斜め上に吹き飛んだ。


「……ま、待ってくれ、ボス子ちゃん。システム・レーヴァテインって、部長が取り憑かれたヤバい呪いだっけ? それに、融合体って、こっちの世界じゃ〝楽園使徒アパスル〟のアルフォンスがなったやつじゃないか。なぜ制御できると思った!?」

「あのひとたちは、自分たちが作ろうとしたものが、どれだけ危険なものかわかってなかったんだよ。〝システム・ヘルヘイム開発計画〟と名付けられた実験は大失敗。四つの研究所で起動した四台の試作機は、兵器としての本分を果たしたよ。障害になる盟約者と契約神器を飲み込みながら、すべてを雪と氷で埋め尽くしたんだ……」


 クロードは、アルフォンス・ラインマイヤーこと〝血の湖ブラッディ・スライム〟の威容を思い出した。

 こちらの世界では短期間で仕留められたから良かったもののの、あれは人命と神器を飲み込みながら際限なく成長を続けていた。

 暴走が事実ならば、一刻も早い情報公開と迅速な対処が必要だ。


「軍隊の失敗がわかった後も、政府は危険だって警告した技術者達を捕まえたり、外国や国際機関を脅して揉み消そうとしたり、無理矢理に隠そうとしたの。そんな事をしている内に取り返しがつかなくなっちゃった」

「ちくしょう、なんて駄目な政府だ。何が起こったか手に取るようにわかる」


 情報統制したまま、四つもの〝血の湖〟を放置すれば、どうなるかを考えればいい。

 国どころか、――世界が終わる。

 たとえ暴走が軍部の不始末であったとしても、その後の政府の対応は最悪もいいところだ。

 いったいどれだけの命が無為に失われたのか、その国の人々をはじめ犠牲者のことを思うと、クロードは慚愧ざんきに耐えなかった。


「……わたしたちの世界は、春も夏も秋もない、極寒の冬に閉ざされた。でも、人々や国々が強大な敵に一致団結して立ち向かう、なんてこともなかったの。世界中で起きていた紛争は、むしろ加速したんだ。英雄と呼ばれる人々も、流されるままに殺し合いを続けたの」


 クロードは、宝石に記録されていた映像を思い返した。凍りついた世界で、人々は生きる為に、心を獣に変えたのだろう。

 ボス子は、懺悔ざんげでもするかのようにクロードを見た。赦しを乞うているのか、ただ話したかったのか、青灰色の瞳は、複雑な感情に揺れて読みとれない。

 しかし、だからこそ、何よりも雄弁に真実を告げていた。いいや、クロードはきっと最初から気付いていた。


「……そうして君は、世界を滅ぼし、いいや、救ったんだね。四つの気象兵器のひとつは、ボス子ちゃんだろう」

「うん。四番目の〝大いなる冬〟と融合したのはわたしなんだ。最初は機械に操られるままに、最後は自分の意思で、狂ってしまった世界の終末戦争を終わらせたよ」

「キミは何を望んだんだ?」

「皆を救うことを」


 ボス子の願いは叶えられたのだろう。

 人々が生を望むが故に陥った地獄、無惨な殺し合いは終わった。

 たとえ結末が、何もない世界であったとしても。

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