第58話(2-16)姫将隊と守備隊砦攻防戦

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「棟梁殿は、たいした男だよ」


 陽光を浴びて、銀に輝く長い髪を風になびかせて、砦に据え付けたやぐらの上で仲間と共に小銃を撃ちながらセイは微笑んだ。

 セイたちの部隊は、すでに第五位級の契約神器である炎と氷をまとった巨人を二体、第六位級の契約神器、剣と槍、弓と槌の使い手を四人葬っている。

 しかし敵の士気は依然として高く、眼下では守備隊のレ式魔銃による反撃をものともせずに、砦を十重二十重とえはたえに取り囲む山賊軍、トイフェル兄弟に雇われた私兵集団がひしめいて、弩で矢や飛礫つぶてを雨あられと射掛けていた。


 ――蜂起の予兆は、以前からあった。

 当初、過激派は自らリスクを負うのを嫌い、他人のちからを借りてクロードを殺そうとした。

 赤い導家士どうけしという手駒を失った彼らは、先代ほんもののクローディアスに弾圧されていた宗教関係者をけしかけて、叛乱はんらんを起こさせようと企んだのである。

 しかしながら、クロードが最大派閥であるヴァン神教を手厚く保護していたため失敗。他の地元宗教も、新年から信仰の自由を全面的に認めていたこと、また執事見習いという名目で、側近にソフィという旧い神官家の末裔まつえいを取り立てて、こまごまと意見を聞きとどけたことから、暴発を未然に防ぐことが出来た。

 一方で、ナロール系の新興宗教団体や、悪質な指導者にのっとられた宗教団体などが、詐欺や洗脳、強制的な集団結婚式、はては人身売買といった犯罪を行った際には、これを大々的に暴いて布教を禁じ、罪は法律に従って厳正に裁くことで無力化させていた。

 宗教団体煽動に失敗した過激派はやむなく金を出して、クロードを糾弾きゅうだんしながら領都レーフォンを練り歩くデモ隊を組織し、新しい手駒をつのろうとしたものの、少数のあぶれ者や共和国人、ナロール人といった外国人しか集まらなかった。

 主催者発表では、参加者数万人の一大デモとぶちあげていたが、警察発表で実際の参加人数はその数パーセントに過ぎないことを露見したことから、過激派や共和国企業連は大いに面目を失うことになった。

 資金も少なかったのだろう。二度目のデモは、百人単位まで人数が減少し、レーべンヒェルム人民通報などの共和国機関紙が連日一面で煽っていたが、領民たちの心を動かすことはできなかった。


 あるいは、当然の帰結かもしれない。

 新聞記事を捏造することは出来る。デタラメないいがかりを、地脈通信などを用いて発信することも出来る。

 しかし、現場において、外国語が書かれたプラカードをかざして、怪しげなイントネーションで喚き散らす外国人や得体の知れない反社会勢力を見て、彼らの主張に同意する者がどれだけいるだろうか?

 ニセモノのデモンストレーション。ニセモノの参加人数。ニセモノの国籍。彼らの掲げた正義は、なにもかもがニセモノに過ぎなかった。

 そんなニセモノを相手にしながらも、クロードたちが領民達の暴発を阻止しようと努力し続けたのは事実である。結果として、セイは同じ地に住む領民ではなく、外国の傭兵を相手に戦うことになり、それは彼女が負った肩の重荷をほんの少しだけ軽くさせた。


「といっても、精鋭を相手取るのはいたかゆしといったところか!」


 セイが櫓上から見据えるのは、山賊軍の中で一際目立つ、大斧の神器をもち、熊のような怪物を従えた、牛のような雄大な体躯をもった異相の青年だった。


「強力な弾頭は、接触と同時に効果が発動する。五〇メルカ以上の距離をとって魔法盾を生成しろ」

「十倍の密度で防御を固めるんだ! 強化付与魔術エンチャントを惜しむな」

「あとのことは考えなくていい、死ぬよりはマシだ」


 わかりました、ゴルト隊長!

 山賊たちの威勢のいい返事が、守備隊砦まで聞こえてくる。

 年のころはセイやクロードより少し上か。ゴルトという若者が、ガマガエルを連想させる赤ら顔の男、アーカム・トイフェルに代わって指揮を取り出すと、敵軍の動きが激変した。


「ゴルト、貴様、勝手なことを!」

「黙れオジキ。あんたの無能な指揮で、これ以上おいの仲間はやらせん」


 彼は第六位級の神器と盟約者つかいてを的確に配置して、守備隊砦からの銃撃を阻みつつ、じわじわと包囲を狭めている。

 セイたち守備隊側が、施した矢避けの魔術や魔法盾も次々と効力を失い、遂には櫓にも無数の矢が突き刺さるようになってしまった。

 応戦していたセイや守備隊員が慌てて櫓から降りた直後、ゴルトが掲げた大斧からほとばしった雷撃が着弾し、櫓は焼け落ちた。


(わかっていたことだ。奇襲の効く市街戦ならともかく、砦に射手が固定される以上、相手も対策を立ててくる。敵ながら見事な采配ぶりだ)


 捜索中に幾度も追い詰めながら、一度として捕らえること叶わなかった、見えない敵。

 その指揮官こそゴルトだと、セイは確信した。


「ここまでだな。ベイリーを放棄しよう。守備隊は小山モットの天守へ退避してくれ。殿軍しんがりは私が務める」

「セイ隊長、まだ弾丸は残ってます。対神器弾を集中して撃てば……」

「もう弱点を把握されてるから無理だろう。これ以上の抵抗は無意味だ。つり橋をおろし、門を開いてくれ」


 クロードが手ずから空間断裂魔法をこめた対神器弾だが、実戦において思わぬ弱点が露呈していた。

 標的に対する着弾と同時に起爆するため、距離を置いて魔法の盾を作られると、無駄撃ちを強いられてしまうのだ。


(この経験を次の戦いに生かす。そのためにも、まずはこの戦いに勝つ)


 セイの部下が、砦の外側と内側ベイリーを隔てる空堀に架けられたつり橋をおろすと、未だ戦闘可能な敵軍の半数、一五〇人あまりが砦へと侵入してきた。

 彼らは、居住棟や武器倉庫などの扉を開いて、慌ただしく制圧活動を開始する。


「金目のものはどこだ?」

「酒は、メシは!?」

「なんでもいいから、かっさらえ」


 言動を見るに、略奪が目的のようだが、そんなもの、この砦には残っていない。

 残念と言わざるを得ないな、なんて、セイは天守たるプレハブ館へと続く、小山モットの階段に綿のシートを掛けながら苦笑いした。


「これは、大人気グラビア雑誌”エロい”のバックナンバーじゃないかっ?」

「お、俺にも見せてくれ」


 前言撤回。微妙に価値のあるモノも残っていたらしい。

 セイは、階段に腰掛けると、小型の竪琴を膝にのせて、軽やかに弦を爪弾つまびき始めた。

 浅黒い肌の巨大な体躯と、伸びた芥子色の髪が目立つ若者が小山モットベイリーを繋ぐつり橋を歩いて、ゆっくりと近づいてくる。


「解放軍隊長ゴルト・トイフェルだ」

「オーニータウン守備隊長セイだ」


 無礼とわかっていても、セイは竪琴を弾く指を止めない。

 挑発する意味もあったが、彼女の知る世界のこととは違いすぎて、曲を止めずに弾くのは結構いっぱいいっぱいだった。


「セイさん。降伏しろ、そうすればアンタの命だけは助けられる」

「私の命だけは、か。捕虜の安全は守ってもらえるのか?」


 セイの問いかけに、ゴルトはしかめ面して答えた。


「アンタたちは戦に敗れたんだ。何をされたとしても文句は言えないだろう。命があるだけでも感謝して欲しい」


 表情を見る限り、ゴルトにとっても、本意ではないのだろう。

 だが、後ろで糸を引くアーカム自警団長とシーアン代官にとって、セイは楽しみ甲斐のある戦利品オモチャといったところか。


「敗者は、……弱者はすべてを奪われるんだ。情けをかけて貰えるなんて、甘い考えは捨ててくれ。アンタには悪いが、力がない、弱いということはそれだけで、罪悪なんだよ」


 ゴルトの言葉は、まるで自身に言い聞かせるような苦渋くじゅうに満ちていた。


(そうだ。だから棟梁殿は戦うと決めた。おためごかしや口先だけでは、命も、平和も、安全も、守ることはできないから)


 理想も理念も法の支配さえも、時に暴力の前では無力となる。

 純然たる軍事力に裏打ちされた機敏な外交だけが、国家に平穏と安寧をもたらすのだ。


「ゴルト殿。貴殿の言い分に沿うならば、私は生きていてはならない存在だ。かつて私は、私自身の信念さえ裏切って、手ひどい敗北を喫した。慕ってくれた者達の期待に応えられず、彼らを犬死にさせた。死をもってしかあがなえないと、恥をすすぐことが叶わないと、そう信じた。だが、そんな私を助けてくれた棟梁殿はこう言ったんだ」


『弱かったら、死ななくちゃいけないのか! 勝ったら正しいのかよ。そんなの僕は認めない!』


「……甘い男だよ。弱くて、力も足りなくて、いわれのない憎しみと悪意を向けられて、それでもここまで足掻き続けてきた。たいした男だ。私の自慢の友達だ。だから、降伏なんて有り得ない」

「今更空城の計を気取るつもりなら、やめておけ。期待されていたなら残念だが、おいにはそんな詐術さじゅつは通じない。アンタを討って、上の館も確実に落とす」


 敵軍が攻め寄せる中、自ら城門を開け放ち、敵を引き入れようとするならば、そこに策があると警戒して当然だ。

 その猜疑心さいぎしんにつけこみ、死中に活路を見出すことこそ、空城の計だ。反面、見ぬかれてしまえば、急所に敵の刃を引き入れたも同然となる。


「ああ、期待していたともゴルト殿。私は、今日まで一度として、貴殿を捕らえることが叶わなかったのだから。そういう貴殿だからこそ、空城の計など通じないと確信していた」


 セイは、竪琴を弾くのを止めた。曲の完全停止が、――合図にして、スイッチだった。


「ゴルト様、空堀に油が注がれています!」

「建物の床下には、火薬が敷き詰められています。早く撤退を!」


 騒ぎ出す山賊軍をあざ笑うかのように、魔術装置が務めを果たし、つり橋は跳ねあがって、門も閉じられた。

 薄い門だ。砦の木塀だって破るのにそう時間はかかるまい。だが、境界を埋めるのは、幾瓶もの壷が割れて油の注がれた空堀だ。


「下手に抵抗して暴発しないか、命懸けだったんだ。上手くのってくれて助かったよ」

「砦そのものを武器にするだと。それが大将のやることか!?」

「やるよ。言っただろう。私はあいつの友達だ!」


 丘部分ベイリー全体を覆いつくす火炎魔法陣と地雷魔法陣が起爆して、守備隊砦内部は炎の地獄と化した。

 内部に踏み込んで無事だった山賊軍は、セイと相対していたゴルトだけだ。


「おのれぇえええっ!」

「一騎討ちならば受けるっ」


 ゴルトが大斧を振り下ろし、セイもまた太刀で応戦する。

 セイの鎧を大斧が引き裂き、ゴルトの額を太刀が浅く傷つけた。

 二人の剣戟は、わずか数合で終わった。

 熊に似た怪物が火をものともせずに飛び込んで、予想外の俊敏さでゴルトを救出したからだ。


「いまだっ。反撃を」


 セイは命じようとして気づいた。先ほど受けた斬撃が原因だろう。皮鎧の胸元が裂けて、首から提げていた連絡用の魔術道具が失われていた。


(通信貝を失ったか? だが、今は――)


「オーニータウン守備隊、反撃を開始する。館から馬を出せ。残敵を掃討する!」


 セイが声も高らかに雄雄しく叫ぶ。

 守備隊の兵力は、わずか一〇〇名。残存する山賊軍はいまだ数倍を超えている。

 しかし、戦の流れはもはや完全にセイの掌に握られていた。

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