第348話(4-76)降伏勧告と決意

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 アンドルー・チョーカーが率いる大同盟の部隊は、戦場からの離脱を目指し、緋色革命軍の北面部隊と交戦を開始した。

 そんな彼らの前に立ちはだかったのは、理性の鎧パワードスーツを身につけた土塊人形クレイゴーレムの部隊だった。

 大同盟の兵士達が振るう、魔法で強化された剣や槍は、アリ型装甲服を容易く切り裂いた。

 しかし、泥と土で構成された魔法生命は、腕がもげようと腹に穴が空けられようと、全く怯むことなく斧や槌で応戦した。

 足を止められた大同盟兵士達に、ゴーレムの後方に陣取った北の部隊からマスケット銃が撃ち込まれ、更に南と西から迫る部隊からは魔法の雷矢や石弾が飛んできた。

 最後尾で指揮をとるコンラード・リングバリは、山の木々や川の大石を遮蔽物として利用し、あるいは矢避けの魔術や魔法障壁で受け、部隊への被害を最小限に留めていた。

 けれど、このままではジリ貧だ。突破できない以上、圧殺されるまでの猶予が伸びるだけ。


「なぜだ? 理性の鎧パワードスーツは、使用者を強制的に変身させる魔術強化服だったはずではないか。人体への悪影響もあるから、鹵獲品ろかくひんも破棄せざるを得なかったのだ。どうしてゴーレムが使うことが出来る!?」


 コンラードの疑問はもっともだろう。

 先のユーツ領における戦い、炭鉱町エグネ等で大量の捕虜を得て明らかになったことだが……。

 アリ型装甲服を纏った親衛隊員には、異界の技術を不完全な形で用いた代償か、肉体の異形化や精神の均衡崩壊といった後遺症を抱えた者も珍しくなかった。

 特に性質が悪いのは、『異常を異常と認識できない』ことだろう。

 アリ型装甲服を着た緋色革命軍親衛隊の兵士達は、洗脳でもされたか中毒にでもなったかのように、自らの肉体や精神の歪みを選ばれた者の証として誇っていた。

 そんな危険物だからこそ、大同盟は用いなかったのだ。魔法で使役できるゴーレムが装着できるなら、話はまるで変わってくる。


「奴らは改良したんだろう。アリ型装甲服はオリジナルではなく、こちらの世界の技術で複製されたものだ。ならば、手を加える余地があるのだろうよ」


 クロードと共にユーツ領で戦ったチョーカーは知っている。

 エカルド・ベックという名の赤い導家士の残党が、契約神器とドクター・ビーストの遺産を融合させた『異形の花庭ストレンジガーデン』という技術を独自に開発していた。

 緋色革命軍ゴルト派に、そういった技術が流れていたとしても不思議はない。


「アンドルー。それがわかったって、ちっとも先へ進めませんわよ」


 羊人サテュロスのミーナが、目を零れんばかりに開いて悲鳴をあげる。

 大同盟の部隊は、アリ型装甲服を着たクレイゴーレムに足止めされて、進軍を止められていた。

 西からの狙撃が激しさを増し、南からは川を渡河する水音が聞こえてくる。

 仲間達が血しぶきをあげて、ひとりまたひとりと倒れてゆく。

 チョーカーもまた、防御魔法を指示しながらも、恐慌状態に陥っていた。

 このままでは、何も為すことができないままに全滅する。


(考えろ。どうすればミーナ殿を生かせられる? どうすればコンラード達を逃がせられる? 小生は最強で最高の軍略家だ。なぜこんな簡単な問題が解けないのだ)


 焦れば焦るほどに視野は狭くなり、役にも立たない問答がくるくると脳裏を空回る。


「大同盟の兵士達に告げる。降伏するか? アンドルー・チョーカー、お前なら将軍にとりたててやってもいい」

「……!」


 ゴルトの問いかけが、天を裂く雷鳴のように戦場へ轟いたまさにその瞬間、チョーカーは平静をとりもどした。


「お断りだ、馬鹿野郎!」


 彼自身、不思議だった。

 アンドルー・チョーカーは、主家であったエングホルム領を裏切って緋色革命軍に身を投じた。

 次に、緋色革命軍に見切りをつけて、クロードの誘いに応えて大同盟に参加した。

 こうまで裏切りを重ねたのだ。もう一度裏切るという選択もあるはずだ。


(フフ。そんなことは想像さえしなかった。そして、ゴルト・トイフェル。失策を踏んだな。あるいは、あえてヒントを出したのか。お前は小生の名を呼ぶべきでは無かった。見えたぞ、突破口が!)


 チョーカーは、ゴーレムとの乱戦の中で、そっとミーナを抱き寄せた。


「あ、アンドルー、こんな時に何をしますの?」

「ミーナ、愛している。……さよならだ」


 チョーカーは、彼が最も大切に想う少女の唇に、己の唇を重ねた。



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