第500話(6-37)マーヤ河決戦

五〇〇


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 暖陽の月(五月)。

 クロード達大同盟の遠征部隊が、ネオジェネシスの本拠地たる領都ユテスを攻略――。

 アリス・ヤツフサら北方面軍が持久戦の末に、デルタ率いる軍団を降伏させた頃――。

 〝姫将軍ひしょうぐん〟セイは、首都近郊のマーヤ河西部に陣を敷いて、〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルが率いる一〇〇〇〇人の侵攻部隊を迎え撃った。


「こたびの戦い、初陣ういじんの者も多いだろう。しかし、案ずることは何もない。諸君らの命は、この私が預かった!」


 大同盟が擁する精鋭や熟練兵は、クロードやアリスの担当する二方面軍に派遣していおり、セイが指揮する首都防衛隊は数こそ敵と同じ一〇〇〇〇人を揃えたものの、新兵と負傷兵が大半をしめている。


「地の利は我らにある。首都にいる同胞達の元へ生きて必ず帰るのだ!」

「「おおーっ」」


 圧倒的な劣勢でなお、セイの元で戦う兵卒達は熱気に燃えていた。

 首都防衛隊はマーヤ河の岸辺に穴を掘って塹壕ざんごうを作り、水中には尖った杭と鎖で罠を張り巡らせ、堤防には大砲を鈴なりに並べて、将棋の穴熊囲あなぐまがこいもかくやという堅牢な防衛網をつくりあげた。


「ハハッ、色々と面白いもんを見せてくれる」


 ゴルトは要塞化されたマーヤ河を一目見て不敵に笑うと、自身の契約神器あいぼうたる、巨大なまさかりを掲げて高らかに吠えた。


「なめるのもええ加減にせいっ。おいどもは、そんな小細工では止まらんぞ!」


 猛牛めいた体躯の偉丈夫は、辛子色の髪の下、鷹の如き瞳に闘志をたぎらせて、大熊にまたがったままマーヤ河へと突っ込んだ。


「そうだ、俺たちは前へ進み続ける!」

「戦場こそ、ぼくたちの生きる場所だ!」


 ゴルトが先陣を切るや、彼に付き従うネオジェネシス兵もおたけびをあげて突貫した。

 厳しい訓練と実戦で鍛え上げられ一丸となった達人の群れネオジェネシスは、人間の腰ほどもある水深も、川底に打たれた無数の杭も、蜘蛛の巣のように待ち受ける鎖も踏み潰してひたすらに前へ進む。


「悪ガキども、もう止まれっ」

「戦争なんて時代遅れなんスよ!」


 大同盟軍の出納長すいとうちょうアンセルと参謀長ヨアヒムは、ゴルト隊の猛攻を阻むべく、それぞれ北と南の堤防から射撃を開始。


「光よ穿て。術式――〝光芒こうぼう〟――起動!」

「幻に惑うっす。術式――〝陽炎かげろう〟――起動!」


 アンセル隊は神器や大砲による十字砲火を浴びせかけ、ヨアヒム隊は幻の兵士を見せるなどの魔法で足止めをはかった。


「ぬるい!」

「我らは稲妻、我らは雷光。時代が変わろうともただ前へ進むのみっ」


 大同盟軍前衛部隊は、空を震わせ地を揺らすほどに苛烈な弾幕を張ったが……。

 ゴルトとネオジェネシス兵は、全身に雷をまとって砲弾を叩き落とし、堤防ごと砲台を破壊、一昼夜で幻も実体も四散させた。


「ヨアヒムっ。こんなところで死んだら恨むわよ。いま助けに行くわ」

「ラーシュくん、敵は二手に分かれた。各個撃破すれば勝機はある」

「マル姉、行こう。おれ達で止めるんだ」


 前衛部隊壊滅の危機に対し、中衛を務めるユーツ侯爵家の当主ローズマリーは治癒の魔術をかけた旗を掲げて前進。

 彼女の両腕を務めるマルグリットとラーシュも、ユーツ領ほかマラヤ半島出身の兵卒達と共に友軍を守る盾となるべく走りだす。


「ただ争いだけを望む者よ、重く沈みなさい。術式――〝月想げっそう〟――起動! 」

「我らが友を守るため、軽やかに疾れ。術式――〝日慕ちにぼ〟――起動! 」


 マルグリットとラーシュ。二人で一人、一対で真価を発揮する契約神器が、ゴルト達の進軍を重く鈍らせ、大同盟軍の抵抗を軽く速くする。

 ローズマリーは二人の支援を受けながら戦場を奔走し、負傷した兵士たちを治療して、戦線の立て直しを図った。


「ふはは。この重さが心地よいぞ」

「いいね。これが戦場の醍醐味だあ」


 それでもゴルト隊は止まらない。

 戦狂いの猛者達は、マルグリットとラーシュ達の奮闘すらも逆手にとった。

 ネオジェネシス兵達は、〝重くなった〟肉体を力任せに加速させて、戦場の中央に躍り出た〝軽くなった〟三隊を、南北から挟むように噛み砕いたのだ。


「嘘でしょ。緋色革命軍マラヤ・エカルラートの時より、更に強くなってる!?」

「ローズマリー様、マル姉っ、負傷兵を連れてユーホルト伯爵が守る後方へさがって。ここからは、予定通りにおれが受け止める」


 大同盟軍は一度蹴散らされるも、ラーシュは半壊した部隊をまとめあげ、食いついてくるゴルト隊を盆地へと誘った。

 

「ここは見晴らしが良く、盆地故に川向こうからの対空攻撃も不可能。見事だ、坊主」


 白髭の老将アーロン・ヴェンナシュが好機と見て、飛行自転車で爆撃を開始する。


「アマンダ、ロビン続けぇ。ルクレ領とソーン領の意地を見せるぞ」


 大同盟は爆弾を雨あられと投下して、遂に勝負は決したかと思われたが……。


「さすがはベテラン。その判断力に敬意を表する。だが油断大敵!」


 ゴルトは巨大はまさかりで、頭上に迫る爆弾を両断、青い雷を天へ向かって撃ちだす。

 それが合図となったか、森と山陰に隠れていたネオジェネシスの狙撃部隊が、弓状の契約神器から色とりどりの魔術光を放った。


「ふ、伏兵じゃとおっ!?」


 大同盟の飛行自転車は、一般的なマジックアイテムとしては、世界最高水準の防御性能を誇っているが……。さすがに契約神器の攻撃を受けては無傷ではいられない。


「「うわあああっ。墜落するっ」」


 横殴りにされた飛行自転車隊は、コントロールを失い叩き落とされた。


「ゴルト・トイフェル。一万人に匹敵する猛将が、百人力の兵卒を指揮すればこうもなるか」


 アーロン達に致死の刃が振り下ろされようとしたまさにその時――。

 セイが後衛部隊を率いて、ゴルト隊の側面から斬り込んだ。


「そうだ、セイ。我が宿敵、我が女神よ。おいは、お前に勝ってみせるっ」

「ああ、ゴルト。我が恐怖、我が憧憬しょうけいよ。私は、絶対に負けない」


 〝姫将軍ひしょうぐん〟セイと、〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェル。

 甲乙つけがたく、竜とも虎とも讃えられた二将の力比べが始まった。

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