第183話(2-136)悪徳貴族とレジスタンス進撃

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)二五日。

 アルブ島攻略から始まったレジスタンスの快進撃は、とどまることを知らなかった。

 アンドルー・チョーカーやロビン少年が率いる義勇兵団は、すでにルクレ領、ソーン領の沿岸都市一帯を楽園使徒アパスルの圧政から解放し、街では歓喜に湧く領民たちの声がこだましていた。

 しかしこの日、アマンダ・ヴェンナシュをはじめ、港湾都市ヴィータの工場に集まったレジスタンス指導部の顔色は決して良いものではなかった。

 作戦会議への参加を頼まれたクロード、レア、アリスの三人が、覆いをかけられた荷車を引きながら現れると、はりつめた彼女たちの表情がわずかに緩んだ。


「ようこそ、クロードさん。レアさん、アリスさん。全員揃ったようだから始めるよ。ドリスは議事録をお願い。できるね?」

「はい。母さん」


 アマンダが開会を宣言し、工場内に机と椅子を並べて設えられた会議区画で、レジスタンスの今後を決める戦略会議が始まった。


「まずクロードさんとレーベンヒェルム領の助力に感謝します。おかげで崩壊寸前だった私達レジスタンスも持ち直し、確固たる基盤を得ることが出来ました」


 クロードたちは、深々と頭を下げるアマンダとドリス、ロビンやミーナに恐縮したが、同席したミズキは満面の笑顔でちゃちゃを入れた。


「いや、本当にクロードさんが手綱を握ってくれて助かったよ。この馬鹿隊長ったらチョーシにのって、手当たり次第に攻めようとしたんから。ほうっておいたら、今頃どうなってたことやら?」

「ば、馬鹿もの。あれはそこの悪党に花を持たせてやっただけだ。小生は高度の柔軟性をだな」

「ウソです。チョーカーさんは反省するです。ミーナだって怒ります」

「そ、そんなあ。ミーナ殿まで……」


 がっくりとうなだれるチョーカーだったが、アルブ島攻略直後に見せた彼の天狗ぶりは酷いものだった。

 手当たり次第に女の子に声をかけてはセクハラをし、補給や兵站をまるで考えずに戦線を拡大しようと高らかに演説をぶちまけて……。結局、致命傷になる前にミーナとクロードとミズキにキレられた。


『もう二度とチョーカーさんとはデートに行きません』

『支援をやめるぞ』


 即座、チョーカーが二人に土下座を決めたあたり、彼もまた進歩しているのかもしれない。

 なにせミズキの場合、無言でマスケット銃を持ち出して、彼の頭に風穴を開けようとしていたのだから。


『ちぇっ。殺し損ねた』

『み、ミズキ。冗談だろう。な、本気で言ってないよな。ぎゃあ、銃口を向けるなあっ』


 レジスタンスがそんなコントに明け暮れていた一方、楽園使徒も悪知恵だけは働くようで、焦土作戦の準備を進めていたらしい。

 交戦圏にあった内陸の村や町がいくつか焼かれたものの、彼らの蛮行は支持勢力を更に減らしただけですぐに止まった。

 クロードのアドバイスに従って、アマンダたちレジスタンスが沿岸都市を狙い次々と陥落させたからである。

 港という交易の拠点があり、更には制海権をレーベンヒェルム領が握って通商破壊もままならぬ以上、レジスタンスには船を使った自由な移動と補給が約束される。

 更には、二領の北と東をレジスタンスが解放し、西にはレーベンヒェルム領、南にはビネカ・トゥンガリカ国が治める現状、楽園使徒の支配圏はいまや袋のネズミと言えた。そんな狭い場所で町や村諸共に食糧を焼き、井戸に毒を流しても彼ら自身の首を絞めるだけだ。


「チョーカー隊長も反省したようだし、ミズキもミーナもほどほどにしてやりな。一昨日だって、流通の要である街の解放に目覚ましい活躍を見せてくれたんだ。ロビンもなかなかの指揮ぶりでね、穀倉地帯の町を無事押さえることができた。この二つが揃った以上、食糧の心配は当分なくなった。楽園使徒との戦いは優勢だよ。私も、連中の情報調査能力がここまで低かったなんて誤算だったよ」


 楽園使徒の情報源はいわゆる山師や詐欺師のたぐいであり、レジスタンスに対してもまるで方向違いの対策に終始していた。

 彼らはあたかも魔女狩りのように無実の者に罪を着せ、印象操作で善人を悪人にみせかけるといったデマゴーグには極めて長けていたものの、それだけだったのだ。

 無論、二領の内部抗争を悪化させて漁夫の利を得たり、レーベンヒェルム領を内戦に追い込んだりしたように、使い方次第では恐ろしい能力には違いないのだが……。あまりに嘘とデタラメをばら撒いて口封じや情報統制に明け暮れていたがために、もはや楽園使徒の構成員自身が虚構と現実の区別がつかなくなっていた。

 なぜ楽園使徒は誤報と偏向報道のいちじるしい人民通報を主要ソースにしているのか? かつてレーベンヒェルム領は首を傾げたものだが、真実はどうということもない。楽園使徒が頼みとする情報源の中では、人民通報がまだマシな部類だったというだけだ。


「いいニュースはここまで。次は、悪いニュースだよ。昨日、ヨーラン・カルネウス伯爵率いる一〇〇〇の兵が魔術塔”野ちしゃ”に攻撃を加えるも、オズバルト・ダールマン一党によって完膚なきまでの返り討ちにあった」


 アマンダの報告に浮ついていた会議区画が静まり返り、ドリスが走らせる羽ペンの音だけがかすかに響く。


「アマンダさん、詳しい状況はわかりますか?」


 クロードが沈黙を破って口火をきった。


「カルネウス伯爵は危険人物だったからね。念のため、飛行可能な使い魔を複数飛ばして監視していたよ」


 アマンダは、クロードたちの前で説明を始めた。

 カルネウス軍が空と陸から進軍したこと――。

 飛行部隊が強風に煽られてがけ地に転落し、無事だった者も対空砲火を浴びて撃墜されたこと。

 陸戦隊が野戦砲に狙い撃ちにされ、辛うじて生きのびた者も何かによって皆殺しにされたこと。

 そして、伯爵自身も盟約者らしい人影によって殺害されたこと――を。


「ジャミングが酷くて、陸戦部隊がどうして壊滅したのかはわからない。確認できたのは、現在魔術塔には、最低でもルーシア国製の圧縮魔力砲が一○門、地対空誘導魔杖が三〇杖は用意されている。敵兵力はおよそ一〇〇人。盟約者は第五位級と第六位級が一人ずつだね」

「なんだアマンダ殿、たいした相手ではないではないか? 魔術塔周辺は未だ楽園使徒の勢力圏だが、前線を押し上げている今なら近づくことも可能だ。小生が陣頭に立ち、レジスタンスの総力を挙げて進めば……おうっ、ミーナ殿、いたい痛いつねるのはやめてっ」


 余計な口を挟んだチョーカーがミーナに黙らされるのを横目で見ながら、クロードは嘆息した。

 二領最大のレジスタンスといっても、動員できる戦闘員はそう多くはない。年若いロビンさえ指揮官として用いなければならないほどにひっ迫していた。

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